自律分散協調系により理学部を核にした活力ある大学へ

東京大学総長 小宮山宏

自律分散協調系により理学部を核にした活力ある大学へ

東京大学は95%は変わらないでよい」と語る小宮山宏東京大学総長。残り5%に協調の仕組みを設けることが総合大学としての競争力を生み出すと言う。新しい大学の姿を生命体の自律分散協調系に例えて、東京大学にどのような相乗効果が生み出されようとしているのか。東京大学における理学部の位置付けと、アクティビティーについて語る。

理学部あってこそ総合大学

大学というのは本来、人間の好奇心に基づいて生まれたものです。その好奇心は、究極的には「我々とはいかなる存在か」「我々を取り巻く自然とは何か」の2つに行き着きます。前者が文学の領域とすれば、後者が理学の領域ということになります。したがって、文学部と理学部のない総合大学はありえない。この2つの核を中心に医、農、法、薬、経、工など他学部が加わって、初めて総合大学が成立するのです。

私の専門は工学ですが、工学と理学では研究者のメンタリティーが違います。工学の研究者は真理の探求をしつつも、常に応用に向かおうとする。ゴールは実用化、技術化であるわけです。一方、理学は好奇心の赴くままにどこまでも探究を進めていく。それこそが理学の魅力であり醍醐味です。

こうした人間の根源的な好奇心を原動力に、理学は多くの成果を生み出してきました。

例えば宇宙論。「宇宙の果てとは何だろう」といった、考え出すときりがないテーマに取り組む学問です。かたや「空気とは何か」「物質とは何か」という問いから、素粒子論が生まれました。この宇宙論と素粒子論が、今やビックバンを通じて1つの学問体系になりつつある。それが今日の物理学の姿でしょう。

他方、ダイヤモンドはなぜ透明で硬いのか。サファイアも半導体の基板も酸化アルミニウムでできており、成り立ちは99.9%同じなのに、なぜあれだけ物質として違うものになるのか。こういう素朴な疑問から、物性論が生まれました。

生物学の「動物とは何か」「植物とは何か」という問題が、ゲノムの登場によって一気に統合されました。人間の病気からミドリムシの構造まで、これまでまったく異なる学問体系であったものが、50年前のゲノムの発見で統一的基盤を得たのです。

これらは、現象の本質を追いかける理学ならではのダイナミズムで、理学部で行われているのは、まさに果てしのない探究です。

宇宙についてもゲノムについても、依然として分からないことが数多く残っています。一部分が分かっても、全体の理解に至るまでにはまだまだ長い道のりがあります。やはり、最後まで分からない何かが残るのかもしれません。それがある種、研究の原動力にもなっているのです。

東京大学が変わるべきは5%

様々な学問分野を内包する総合大学として、本学に求められている変革とはいかなるものでしょう。

新しい大学の姿として、生命体をモデルにした「自律分散協調系」というキーワードを用いて説明しましょう。例えば、心臓や肝臓などの臓器は、それぞれ自律的に動いていますが、人間全体として見ると、1つのまとまりとして協調的に機能しています。個々は自律分散的に働いているが、総体としては協調的に機能する。これこそ大学の理想の姿ではないでしょうか。とりわけ本学において、それが当てはまると考えます。

昔は人間の知識も少なく、教員や学部の数も少なかった。100年前はわずか7学部です。それが今や、学部、研究科、研究所を合わせ40部局、4000人の教員を抱える巨大組織となったのです。しかし、それだけの人たちがお互いに知り合うことはできない。それでは「協調」は実現しません。そこが問題なのです。

教員は自らの確信に基づき研究を進める以外ありません。これは、今も昔も変わらない研究のあり方です。本学は自律分散系としてずっと機能してきたし、今も機能しています。だから、95%は変わらないでよい。残りの5%だけ変わればよいのです。その5%こそが「協調」なのです。協調の仕掛けはとても重要です。この仕掛けが機能すれば、数倍、いや数十倍の相乗効果を生み出すことは間違いありません。本学にはそれくらいのポテンシャルがあると確信しています。

学問の全体像を知る講義

協調の仕掛けの手始めとして、2005年に「物質の科学」と銘打って、「学術俯瞰講義」という講義を開講しました。その名の通り、各論に入る前に総論を俯瞰するものです。対象は教養課程の学生です。

第1回は小柴昌俊特別栄誉教授が「宇宙と素粒子」というテーマでビックバンの話をしました。第2回は、理学系研究科の佐藤勝彦教授が、どうしてかくも多様な元素が出てきたのかという内容で「物質の生い立ち」について講義しました。次いで家泰弘教授(物性研究所)の「物質の性質」という講義。元素の集まりがなぜ物性を持つのかがテーマです。最後に私が「物質を作り使う」という題で、人間が物質をどうやって作り、どうやって使っているかを説明しました。要するに、物質をめぐって、理学から工学へ徐々に展開していく流れを辿ったのです。

この講義を開いた意義があったのは、実は教員なのかもしれません。私もすべての講義を聴きましたが、どれだけ勉強になったことか。こうした取り組みこそ、知識が爆発的に増えた現代における協調のひとつではないでしょうか。

学生の反応も上々でした。ただ、短期的な反応だけを追いかけるつもりはありません。このあと学生のアンケートをとってじっくりとフォローしていきます。駒場の教養課程の学生が学術俯瞰講義を聴いても、詳細は分からないかもしれません。これから習うことの全体像なんて、習う前は漠然としているものです。本当にこの講義の価値が分かるのはもっと後になってからです。

将来的には、物質、生命、情報・数学、人間・環境、社会・制度、文学・哲学という6つのコースを開設し、1年次の前期・後期と2年次の前期まで、2本ずつを必修科目として配分したい。専任の教員を置くことも検討中です。

まずは深く掘ること

小宮山 宏 (こみやま ひろし)

1967年 東京大学工学部化学工学科卒業、72年 大学院工学系研究科博士課程修了、77年 講師、81年 助教授、88年 教授、2000年 大学院工学系研究科長、工学部長、03年 副学長、05年 総長。

学生には、俯瞰講義を広い視野を持つきっかけとしてほしいのです。ただ、誤解してほしくないのは、広く浅くと言うつもりはありません。やはり、深く考えなければいけません。深く考えたことがない人は評論家になってしまう。これでは役に立ちません。

学生諸君には、たとえ世の中が見えなくなってもよいから、狭くてもよいから、一度は深く考えてほしい。

俯瞰講義が生きてくるのはそのあとなのです。穴を深く掘り進むのはいいが、たまには地上に出てきて、自分の掘っている穴がそもそもどこにあるのかを見渡してほしいのです。

ですから、学術俯瞰講義は、学生がいつでも講義内容にアクセスできるよう、当日の映像と資料はすべてホームページで公開する予定です。

しかし、今日の環境では、複雑に細分化された知識の全体像を得るのは困難です。自覚的に「頭の中に構造を作る」努力をしないと、俯瞰することは無理でしょう。学術俯瞰講義の背景にも、そうした現状認識を喚起する狙いがあります。

総合大学が作る未来

学術俯瞰講義のような教育面の一方で、研究面における協調の仕掛けとしては、学術統合化プロジェクト(SCINT:Science Integration Program)があります。複雑化した知識をテーマ別(ヒト、モノ、地球、宇宙)に構造化することを目指します。これによって、我々人類がヒトやモノについて一体どこまで知り得ているのかがはっきりします。また、ある学問領域がどのように生まれ、どのように他の領域と結びつくかも視覚化し、目に見えるパターンとして描き出します。

すでに地球科学(地球)、生命科学(ヒト)の分野で学術統合化プロジェクトが動き始めました。これらのプロジェクトでは、プラットフォームを構築し、だんだんと新たな知識を入れていきます。いわば図書館を作るようなもので、終わりのない作業です。

その他にもTIGS(地球持続戦略研究院:Transdisciplinary Initiative for Global Sustainability)があります。これは、学術分野の創成を目指す取り組みです。学融合とか、学際領域という呼び声がよく聞かれますが、あくまでも結果としてそうなるものなのです。もちろん学際的アプローチは重要ですが、学際的かどうかは手段の問題であって、目的ではありません。理学のように面白い何かを追いかけて研究した結果として、何らかの学際領域が結果的に生まれるというのが本来の姿でしょう。

その意味では「サステイナビリティ(持続可能性)」の研究は、現在においても統一した定義を持ちません。研究者によって解釈が異なるため、学術分野の創成としてふさわしいテーマと言えるでしょう。理学はもちろん、経済学や法学、農学、工学など、包括的な知識が必要なテーマだからです。

しかし、各学部の研究者を単に寄せ集めたのでは意味がありません。研究者同士のネットワークを機能させるためには、核が必要です。TIGSの場合、理学部出身の住明正教授がディレクターとして核の役割を果たしています。住教授を筆頭に専任の研究者がいて、その周囲にサステイナビリティに関心を持つ数多くの研究者がネットワークにより協調される仕組みです。

理学部における協調の取り組みとして特筆すべきは、独自に活動している4つのCOEが「理学系研究科21世紀COE合同シンポジウム」を開催したことです。これは素晴らしい取り組みです。4つのワークショップに分かれ、それぞれのCOEが議長役を務め、合同でディスカッションするというスタイルでした。

これこそ協調の良さであり、人や組織が成長する構造だと考えます。理学部は、東京大学の核になる学部です。素晴らしい研究成果とともに、次々と新しい協調の仕掛けが生まれてくることを期待しています。

(文章:横山拓/写真:佐藤久)