特別対談

特別対談

理学の魅力、理学の未来

人の好奇心をエネルギーにして、物質から生物、自然、惑星、宇宙まで多様な領域を開拓する理学は、基礎であり最先端の学問だ。岩澤康裕研究科長(学部長)と、2006(平成18)年度より理学系研究科で「先端理学コミュニケーション特論」の講義を受け持つ横山広美さんが、理学の魅力、理学の未来を語り合った。
横山
まず、岩澤先生と理学との出会いをお尋ねします。
岩澤
幼少時は、世界の成り立ちが不思議でたまらなかった。身の回りのすべてのことに、「なぜだろう」と疑問を感じていたのをよく覚えています。そうした関心が理科(理学)と結び付いたのは、中学生の時です。理科の先生に、竹筒に炭化カルシウムと水を入れるとアセチレンができると教わりましてね。自分でアセチレンを作り、火をつけて爆発させる遊びにやみつきになった(笑)。当時はまだ世の中がおおらかでしたから、危険な遊びをしても特にとがめられなかったのです。
横山
本格的に化学の魅力に目覚めたのはいつですか。
岩澤
大学4年の夏です。私は書かれている知識には魅力を感じなかったのです。教科書も、読めば大体分かるし、面白いとは思っていなかった。ところが、ある日図書室で研究者向けの専門書に触れましてね。これがまったく分からなかった。まるで理解できない、もっと奥の世界があるということに気づいてから、ぐいぐい化学の魅力に引き込まれていったのです。
横山
普通とは逆ですね。まるで分からないから、敬遠してしまうというのが一般的な気がします(笑)。
岩澤
そこが理学部的なマインドなのかもしれません。触媒を研究対象に選んだのも同じ動機です。触媒は、自分は変化しないのに、相手の化学変化を促進するという、不思議な物質です。その不思議さにまず惹かれた。しかも、私が研究を始めた当初は、教科書もなく、学問としてまだ未整備でした。言わば、分からないことだらけの世界が眼前に広がっていた。そうなると、俄然やる気が出てくるわけです。
横山
私も中学生の頃に感じた「なぜ世界や自分がこのように存在しているのか」という疑問が理学に進む出発点でした。「哲学的な」疑問に、初期宇宙論など、理学的なアプローチで答えが出ると分かったことが大きかった。
岩澤
その頃から、理学の研究者になりたいとお考えでしたか。
横山
いえ、もちろん研究にも興味はありましたが、何かの素材を自分なりに構成して他者に伝える仕事をしたいな、と思っていました。その意味では、現在の仕事と割合まっすぐにつながっていると思います。岩澤先生が研究の道を志したのはいつ頃でしたか。
岩澤
これという明確な契機はないんです。私はとにかく研究が好きでたまらなくて、自分が何になるのか、つまり企業の研究所に入るのか、大学で研究者になるのかといったことは、ろくに考えていなかった。興味の赴くままに突き進んでいって、いつの間にかそうなっていたというほうが実態に近い。
横山広美

横山広美(総合研究大学院大学葉山高等研究センター 上級研究員)

あくなき探究心が理学のエンジン

横山
理学部の場合、岩澤先生のようなケースも多いのでしょうね。
岩澤
ええ。周囲が皆そうなんですよ。研究が好きでたまらない、という人間の集まりですから。
横山
つくづく、理学は人間の本質的な営みそのものだと感じます。素粒子から宇宙、生命まで研究領域は実に多様ですが、その根本には、知りたい、究めたいという探究心がある。
岩澤
研究者同士でも、どこか通じ合うものがあるんですね。同じエンジンで動いているという。
横山
それだけでなく、素粒子のような極小のものを調べていたのが、不意に宇宙論に展開するなど、1つの真理をめぐって基礎研究がつながり合うケースも理学ならではです。
岩澤
本学部は、すぐ隣の部屋に宇宙の専門家がいるかと思えば、下の階には物性研究の専門家がいるといった具合で、一カ所に多種多様な、それも優秀な人材が集まっている。最近では、本研究科の4つのCOEの合同シンポジウムや、専攻横断的なクラスター講義も行われており、研究者間の交流も活発です。このあたりも、理学部の魅力のひとつとして強調したいですね。

理学ほど個の問われる学問はない

横山
研究に関しては、学生の自主性を尊重するのが理学部の気風ですね。
岩澤
大きなテーマをぽんと与えて、自分の頭で考え自由な発想でやりなさいというのが、理学部の伝統的な教育スタイルです。学生も、方法や答えを教えようとすると、怒りますからね。「先生、それは自分で調べますから結構です」と。理学のゴールは、様々な現象の中に、再現性のある原理や法則を見出していくことです。ただ、そもそもそこに法則があるのかどうか分からないというところからスタートしますから。何の成果も出ないか、とんでもない大発見に結び付くか。やってみないと分からない。そこが理学の醍醐味でもあります。
横山
私が素粒子実験にかかわっていた時に感じたのは、理学ほど個が問われる学問はないということです。素粒子の実験は150人とか、多いときでは1000人を超える規模のチームで行います。それでも、不思議なことに、一人ひとりの研究者が単なる歯車になることはありません。
ある先生が「基礎実験はオーケストラじゃない。ジャズなんだ」とおっしゃっていたのが印象に残っています。一人ひとりのアドリブが大事という意味で、誰か1人が新発見をしたり、あるいは間違えたりすると、即座にそれがチーム全体に波及して、何らかの新展開を生み出す。大人数で実験していても、必ず個人が果たす固有の役割が存在しているのです。
岩澤
同じような興味を持って研究を始めたとしても、人によってまったく違うものになるのが理学です。それだけ個の占めるウエイトが大きい。その意味で、理学こそ人である、と言えるかもしれません。
横山
まさにそうですね。個が問われるからこそ、研究対象がいかに専門的で狭い領域であっても、理学を通じて汎用的な能力が磨かれるということがあります。あるドイツ人の学者がこう言ったそうです。理学の研究者は、何もないところから作り上げていく能力があるわけだから、仮に理学を離れても、どこでも活躍できる能力がある。就職にあぶれることなど考えられないと。
岩澤
確かに、理学部には新しい世界を自分で切り開いていく人材が多い。どんなものにでも対応できる総合力がある。新たな問題に直面したら、自分で考えて何とか解決しようとする。研究者以外にも、各界に人材を供給できているのは、そのためでしょう。
岩澤康裕

岩澤康裕(化学専攻 教授)

50年、100年先を見据えて

横山
理学部では、全学に先駆けて独自の「憲章」を公開されました。
岩澤
ちょうど国立大学の法人化の時期でした。もう一度、理学部の存在意義を確認しておく必要があると思ったのです。学内の意識改革を進めたいという気持ちもありました。
横山
知の創造と継承、そして人材育成が大きな柱となっています。
岩澤
理学部は1877(明治10)年、東京大学創設と同時に設置されました。国家を担う人材の育成と知の創造が本学部の使命です。時代は変わったとはいえ、それらが最重要のミッションであることに変わりはありません。
横山
憲章制定にあたって、わが国で、科学的知識に対する理解や関心が全般に低下傾向にあることに、警鐘を鳴らしていらっしゃいますね。
岩澤
今はどうしても短期的な成果ばかりに目が行く。目に見える結果の出ない基礎研究に対して、風当たりが強くなっているのです。これは日本に限らず、また大学、企業を問わず、世界的な潮流でもあります。しかし、本当にそれでいいのでしょうか。我々は50年、100年先の問題解決に役立つ研究をしている。それを止めてしまったら、今後予測できない問題が浮上してきたときに、対応できなくなる。
横山
基礎研究から実用化まではタイムラグがありますからね。今日のテクノロジーの隆盛を支えているのは、「ひと昔前の」基礎研究です。
岩澤
そうした長期的なライフサイクルを許容できる社会こそが、豊かな社会であると私は思うのですがね。

啓蒙の時代から、対話の時代へ

横山
その一方で、理学部が、社会と積極的に対話してきたのかというと疑問も残ります。一般的には、理学といえば何か難しい、近寄りがたいイメージが依然として強いでしょう。
岩澤
その通りです。自戒をこめて言えば、社会とのコミュニケーションという点では不十分でした。本学部の研究者は、真理探究にかける情熱は人一倍強い。それは誇るべきことですが、もう少し、社会とのかかわり合いを充実させていかなければならないでしょう。横山さんのようなコミュニケーションの専門家ともっと連携しながら、積極的に情報発信していく必要もあります。「魅力ある大学院教育」イニシアティブの一環として、科学コミュニケーションや技術倫理の講義を設けたのも、そうした背景があってのことです(22ページ参照)。
横山
若手の研究者の方々とお話しますと、まだ研究歴も浅く、成果もあがっていないのだから、アウトリーチはやってはいけない、研究以外で目立ってはいけない、と感じている方が多いようです。しかし、それは違うと思います。研究は研究、対話は対話として、分けて考えてよいと思います。
コミュニケーションの仕方には、いろいろな方法があります。例えば、研究者の人となりや、どういう過程でその研究にのめりこんでいったか、などの情報も十分魅力的です。先ほど岩澤先生がおっしゃったように「理学とは人」なのですから。
私自身、高校時代に、ハーバード大学の天文学者、マーガレット・ゲラーさんの講演を聞いて、決定的な影響を受けました。彼女のエネルギーや、つきない好奇心のあり方そのものに感銘を受けたんですね。そういう気づきが得られるだけでも、ずいぶん違ってくるはずです。
岩澤
研究内容を理解していれば、誰にでも分かるようにやさしく説明できるはずです。うまく説明できないとしたら、それは理解がまだ一面的だからでしょう。研究者は、少なくとも常に社会と対話するという覚悟を持たないといけない。理学部憲章にも、そうした基本精神を謳ったつもりです。
横山
積極的に社会とかかわることで、研究者が得るものは多いと思います。1人の子どもの素朴な質問がきっかけとなって、研究が大きく展開することだってありうるわけですから。
岩澤
今後理学部に入ってくる学生の皆さんには、人と対話し、世界を共有していくコミュニケーションの大事さを自覚していただきたい。そのうえで、最高の研究環境で、自然の摂理を探究するというロマンを存分に堪能してほしいと願います。

(文章:横山拓/写真:佐藤久)