博士課程の魅力に迫る

博士課程の魅力に迫る
博士課程学生鼎談

理学系研究科での修士課程から博士課程への進学率は約5割。
「博士課程ってどんなところ?」「修士と博士はどう違うの?」「博士の魅力って?」「博士を出たあとの進路は?」
博士課程に進んだ先輩に、気になるところを聞いてみました。

加藤英明
理学系研究科 生物化学専攻 濡木研究室 博士課程1年
加藤英明さん

タンパク質の立体構造から生命現象を突き止める構造生物学を研究しています。タンパク質の機能的な特徴を構造から視覚的に理解できるのが一番の魅力です。今は、光を当てると陽イオンを取り込むチャネルロドプシンという膜タンパク質の構造と機能の解析に取り組んでいます。生物に興味を持ったのは、中学生のときに免疫の本を読んだのがきっかけです。東大理学部生物化学科から理学系研究科に進学しました。

久保田好美
理学系研究科 地球惑星科学専攻 多田研究室 博士課程2年
久保田好美さん

東シナ海の海底から泥のサンプルを採取して、東アジア地域の過去数万年単位の気候変動を研究しています。東シナ海には、中国南部を横断する長江から淡水が流れ込み、海底堆積物を見ると雨量の変動を読み解くことができます。船で外洋調査にも行きます。考古学が好きだったのと、環境問題に関心があって、地球惑星科学を勉強するようになりました。京都大学を卒業して、修士から東大理学系研究科に在籍しています。

岡西政典
理学系研究科 生物科学専攻 連携大学院 国立科学博物館 博士課程3年
岡西政典さん

生物の種を認識・命名し、体系化する系統分類学を研究しています。研究対象は、ウニやヒトデが属する棘皮動物門(きょくひどうぶつもん)のクモヒトデ類ツルクモヒトデ目です。マイナーな生物で、研究者は世界で僕ひとり。貴重な(?)「世界で唯一の専門家」です。新種も5種発見しました。昔から珍しい生き物が大好きで、未知の生物と遭遇できるこの学問と出会えて幸せ者です! 北海道大学を卒業し、修士から東大理学系研究科に在籍しています。

どうして博士課程に進んだの?

加藤
父親が数学者で、子どものころから研究者に憧れていました。やるなら生物と思っていたけど、研究分野をなかなか絞り込めなくて……。いくつか研究室を渡り歩き、修士1年から、神経科学分野で重要性が高まっていたチャネルロドプシンの構造解析の研究を始めました。研究者志望だったし、研究テーマは博士課程に進む前提で、5年かけてじっくり取り組めるものにしました。
岡西
僕が系統分類学と出会ったのは、学部2年のときです。その瞬間、「これだ!」と思いました。ひねくれ者の僕は、人気の高い甲殻類を避けて、クモヒトデ類という見た目の気持ち悪い海産無脊椎動物を選びました(笑)。ところが「東大にしか専門家がいない」と言われて、修士から東大に移ったんです。
修士では、クモヒトデ類のツルクモヒトデ目を研究対象に選びました。それがマイナーすぎる生物で、他に研究している人がいなくて、いきなり名ばかりの「第一人者」になってしまいました(笑)。いろいろ大変なこともあったんですが、とにかく分類学の研究を続けたくて、博士課程まで進みました。
久保田
私は、もともと研究者になろうという意識はなく、自分が博士課程まで進むとは思っていませんでした。進路も相当迷いましたが、科学コミュニケーションに携わっている方がいたり、官公庁で働かれている方がいたり、博士の先にも進路は広く開けていることを知り、博士までやってみようと思えるようになりました。いまは、博士で学んだことが武器と自信になると思っています。

博士課程ってどんなところ?

岡西
博士課程でようやく本格的に研究ができるようになりました。いきなり「第一人者」の僕でしたが、修士のころはただ勉強しているだけだったから……。博士課程の3年間で、形態観察とDNA解析に力を入れ、ツルクモヒトデ目という一つのグループの系統進化をある程度解明することができました。
久保田
進路に迷った私ですが、博士課程に来て研究の面白さがわかってきました。基礎研究は、自分の力で積み重ねて成し遂げた先に面白さが見えてくる世界なんだと感じています。ようやく、研究分野をかなり俯瞰できるようになってきました。
研究を動かす面白さを知ったのも博士課程に進んでからです。私の研究分野は、船に乗るのも一人ではできず、人のつながりで成り立っています。多くが共同研究で、交渉や議論を通して物事が動いていきます。そういう現場に主体的に関われるようになってきたのは、博士課程になってからです。
博士に進むかどうか迷うぐらいなら、トコトンやってみたほうがいい。それが、迷った挙げ句、博士に進んだ私の率直な実感です。
加藤
僕にとって博士課程は、アカデミアで生きていくための基本的なスキルを身に付けるステップだと思っています。研究プロジェクトを達成する能力に加えて、国際学会でのプレゼンスキルや、研究者同士の人脈があってこそ、アカデミアで生きていくことができます。研究者は同時に教育者ですし、博士になって下に教える学生がついたのは、教える勉強ができてありがたいですね。

博士課程の魅力って?

加藤
修士のときは研究が進まずに苦労しましたが、その分、成果を出せたときの喜びはひとしおでした。修士2年の半ばに、半年くらい失敗が続いていた研究の一つの大きなハードルを越えることができたんです。
タンパク質の構造は、目的のタンパク質を精製・結晶化したあと、X線を当てた反射パターンを見て解析します。良質の結晶ができていると、十分な数の反射スポットが得られるのですが、ずっと結晶そのものを作れなくて……。できた結晶にX線を当て、ほとんど理想的といってもいい反射パターンを見た瞬間は、鳥肌が立って呼吸が止まるくらい嬉しかった。あのときの感覚は忘れられません。
その結果をもとに構造を解析したのが博士1年の7月で、11月には論文を投稿しました。翌年1月の国際学会では、海外の著名な研究者からも高い評価をいただいて、やる気がまた一段と上がりました。苦労の連続だった3年間ですが、絶対この分野で研究を続けていきたいと改めて思いました。
岡西
苦労のあとの成果は本当に嬉しいですよね。研究を始めたてのころは、標本が圧倒的に少なくて本当に苦労しました。分類学では標本が命なのに……。
標本採取から研究を始めるしかなく、修士1年の夏、意気揚々と海に繰り出しましたが、新しく採れたのは1種だけ……。絶望しかけました。帰りの寄港地がたまたま札幌で、北大時代の友人に久しぶりに会ったら大泣きしました。お先真っ暗でしたが、開き直って手元にある標本を徹底的に研究・分類したら、新種を見つけることができたんです。あのときは嬉しかったし、あれがなければ博士までは間違いなくきていなかった(笑)。
加藤
僕の実験も毎日が失敗の連続です。ネガティブデータが当たり前で、たまに小さなポジティブデータが出て、それで1ヵ月ぐらい心をつなぎとめるっていう(笑)。その積み重ねが大きな成果につながったときは、たまらなく嬉しいものなんですよね。
岡西
苦労話をもう一つ。僕の場合、船に乗って1日か2日は、めちゃくちゃ船に酔うんです。それなのに、調子に乗って船の中でお酒を飲んで、二日酔いになったりするともう本当に苦しいんですね。「ここから海に飛び込みたい」って思うほど。
久保田
分かります!  私も外洋調査のときはそうなります。海のど真ん中だっていうことが分かっていても、「ここで降りたい」って思いますよね。
岡西
ですよね!  そんなヘロヘロな状態でも、自分が欲しかった生物が採集できていると、すべての苦労が吹き飛ぶ。あの快感は他で味わえません。テストでいい点とったぐらいの比じゃありません。病みつきです。こういう発見の喜びは、理学部でしか得られない快感だと思います。そんなときはいつも、すごくいいビールを買って帰ります(笑)。

これからの展望は 

久保田
科学と社会が交わる分野で研究を続けていきたい。博士課程で学んだことを生かして社会の問題、特に地球環境問題に取り組んでいきたいと思っています。
加藤
構造生物学の分野で研究者を目指します。博士号を取ったら、国外の研究機関に行ってみたい。技術の違いや、科学に対するフィロソフィーの違いを肌で感じたいんです。
岡西
とにかく分類学を広めたい!  今や絶滅寸前の学問ですが、不思議な生き物が好きで好きでたまらない人は絶対いるはずです。 そういう人が、この学問を知らずに人生を送るのはもったいない! そういう人のために、そして自分が研究をずっと続けられるように、分類学をメジャーにしたいですね。

photo/貝塚純一 text/萱原正嗣