飽くなき挑戦者たち

飽くなき挑戦者たち

— ボイジャーへの恩返しがしたい —
理学系研究科地球惑星科学専攻 助教
橘 省吾
橘 省吾

橘は1969年のアポロ11号による月面着陸より後に生まれた世代だ。惑星探査機ボイジャー1号、2号が月よりもはるか遠い太陽系の天体を撮影したカラー写真を眺めて育った。木星や土星の写真に心ひかれ、色エンピツを使って惑星を描いたという。そんな橘が目指しているのは、「惑星の個性」を突き止めることだ。

これまで「太陽系形成論」は物理学の言葉で説明されてきたが、あくまでも〝白黒の世界〟。橘の関心は、惑星の多彩な色にある。色の違いは化学組成、つまり大気や表面の組成の違いや惑星の材料となった物質の違いが生み出したものだ。橘は、従来の太陽系形成論に物質や化学組成という要素を組み込み、〝色つき〟の理論を確立したいと考えている。

研究のベースとなるのは主に実験だ。実験室の中で小さな宇宙空間を作り、実際に宇宙や太陽系、惑星の表面で起きたとされる物理化学反応を再現し、その過程を明らかにする。最終的な目標は、太陽系だけでなく、次々と発見されている惑星系、さらには宇宙全般にも適用できる法則を導くこと。最近の研究では、誕生直後の星の周りの円盤や死にゆく星が放出するガスの中で固体の塵(鉱物)がどのように作られているかを調べている。観測によって塵の組成や形の情報が得られるため、実験と併せて、塵が生成された条件やプロセスが可能になると考えている。こうして作られた塵が惑星の材料となる。

実験だけでなく、隕石や地球の岩石など、天然試料を分析することも研究の重要な基礎だ。惑星や地球の全体の進化を再現するような実験はできないが、試料の分析を通じて全体の進化が見えてくる。例えば、最近の研究から、23億年前と考えられている地球大気の酸素量の急増が、それよりも数千万年程度遅かった可能性があることが分かってきた。地球の大気の進化のプロセスが見直されるかもしれない。また、誕生直後の太陽系に超新星でしか作られない放射性元素が存在した証拠を隕石から発見し、太陽系が巨大星を含む星団で誕生したのではないかと考えている。

分析や観測を通して見えてくる宇宙や惑星の進化。それをつかさどる様々な化学反応をどうすれば実験室で再現できるかを考えている時が楽しいという。「宇宙や惑星と同じ環境を再現する方法をあれこれ考えるのは楽しい」と橘。最近では、赤外線真空炉を設計した。

ガラス管の〝小さな宇宙〟では、1500℃以上の高温や真空状態の環境を作ることができ、宇宙空間で物質がどのようにできるかを再現している。この装置を使って、老いた星の周りでどのような塵が作られるか調べる実験を始めた。圧力が低い極限環境では、熱力学で予想されるものとは異なる種類の塵が生まれることが分かってきた。今後も様々な条件で実験を進め、惑星の材料となる固体物質の形成プロセスを明らかにしていくつもりだ。

橘は研究の世界に籠もることなく、アウトリーチ活動にも力を入れている。「研究内容を広く分かりやすく伝えるのは研究者の責任」と考えているからだ。

例えば、2008年2月まで東京大学総合研究博物館で行われた「異星の踏査」展に企画段階から協力し、図録の編集やデザインにもかかわった。アポロが採取した「月の石」と、探査機スターダストが捕獲したすい星の粒子を世界で初めて同時に公開した展示会は大好評であった。

「地球惑星科学は物理や化学、生物などの知識を総動員する、最も複雑な科学」。全体を俯瞰しながら、詳細も見られる複合的な視野を持つ研究者がこれからますます求められてくる。「研究者は自分の好奇心で研究を進めるが、一人でできることには限りがある。それならば次世代の研究者を10人育てることも、研究と同じくらい大切ではないか」と語った。

ボイジャーから受けた宇宙への感動を若い世代にも伝えていく、橘の飽くなき挑戦は続く。

(photograph by 佐藤 久 / text by 山本 玲子)