過去から知る未来
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過去から知る未来
1976年東京大学理学部地学科卒業、 78年同大学院理学系研究科 地質学専門課程修士課程修了、 81年同博士課程修了、 理学博士(東京大学)。 81年東京大学理学部助手、 91年同講師、 92年同助教授、 2000年より現職
地球の気候変動は、数万年をかけて緩やかに変化するものだと考えられていた。その常識を覆したのが、「ダンスガード・オシュガーサイクル(DOC)」の発見である。最終氷期(2万~8万年前)に、数年から数十年というきわめて短い期間に気温が10℃以上も上昇するイベントが、数百から数千年周期で繰り返されたことが、グリーンランドで掘削された氷床コアの分析から判明したのだ。
これまでに、多田は日本海海底の堆積物コアの研究から、日本近海でもDOCと同様の激しい気候変動が発生していたこと、またこれがグリーンランドのDOCと偏西風を通してつながっていたことを明らかにしてきた。
多田は、最初から古環境に興味を持っていたわけではない。大学時代は石油地質を専門にしていた。「社会に役立つ研究をしたかった。当時は資源の研究が重要だと考えていた」と振り返る。
転機となったのは、ハーバード大学留学時代に偶然聞いたフィッシャー教授(プリンストン大学)の「ミランコビッチサイクルと地層のリズム」の講演である。ミランコビッチサイクルとは地球の公転軌道と地軸の傾きの周期性に起因する数万年周期の日射量変動のことで、これにより気候変動が生じて地層に周期性が生じる。
「地層のリズムはなぜ生じるのだろうと不思議に思っていたので、ああこれだ、と地層と地球環境の関係を意識しはじめたのです」
造山運動が気候を変える
現在の研究テーマであるアジアモンスーンの形成と変動のメカニズムについて、「アジア地域には、地球人口の半数以上が集中している。その水資源を支えているのは、アジアモンスーンであり、その変動メカニズムを明らかにすることは人類がこれから生き延びるために必要なこと」と研究の意義を語る。
アジアモンスーンの変動をもたらすのは偏西風軸の南北振動である。高さ8000mのヒマラヤ山脈により、偏西風経路は南北に分断されることになる。 つまり、アジアモンスーン変動のメカニズムを明らかにするには、ヒマラヤ・カラコルム山脈やチベットの成長について知る必要がある。そのための貴重な情報を与えてくれるのが、アジアの砂漠から飛来する「風成塵」だ。耳慣れない言葉かもしれないが、「黄砂」と言えば我々にも身近な現象だろう。
黄砂の源となっているタクラマカン砂漠の砂は、チベット高原の雪解け水が運んできたものだ。多田は、中国やモンゴル、ロシアなどアジア諸国の研究者と協力して、定期的にタクラマカンやゴビ砂漠縁辺部の地質調査を行っている。その結果、ヒマラヤや崑崙、天山山脈の造山運動は、考えられていたよりも早いサイクルで隆起と侵食を繰り返したことが明らかになりつつある。
現地の調査には、多田の研究室に所属する学生も参加する。「中国の学生と共同のフィールドワークで国際感覚も身に付く。何より、砂漠は一度行くととりこになる」と多田は語る。
温暖化過程での一時的気温低下
過去の気候変動に関する研究は、地球温暖化をめぐる議論にも大きな影響を与える。例えば、地球温暖化が進むとどうなるのか。従来は、グリーンランドや南極の氷床が少しずつ溶けて緩やかに海水準が上昇すると予想されていたが、氷床が急激に崩壊することで、急激な海水準上昇を起こすと同時に深層水循環を一時的に停止させ、その結果、中~高緯度域は一時的に冷えるかもしれないというシナリオが有力視されはじめている。
北米大陸には、かつて、ローレンタイド氷床という巨大な氷の塊が存在していた。氷床を形成する厚い氷の層では、地球内部からの地熱の影響で深さ方向に温度が増加し、氷床の底面に近づくほど温度が高くなっている。氷床が成長して氷の厚さが増すと、氷床底面の温度が上昇して氷の融解が始まり、やがて氷床が急速に流れはじめ、海に氷山を流出させる「ハインリッヒイベント」が発生する。
その結果海水準は上昇し、やがて流出した氷山が融解して、海の表面を冷たく比重の軽い淡水が覆うことになり、北大西洋の深層水循環が停止する。深層水循環が停止することにより、地球の熱循環システムが停止し、北半球高緯度域の気温は急速に低下する。
実際にDOCの急激な気温変化とハインリッヒイベントのサイクルのタイミングがきわめてよく合致していることも、このシナリオを裏付けている。
「IPCC(注1)は、二酸化炭素量の上昇に合わせ線形的に気温が上昇すると予測をしているが、モデルが見逃している未知のフィードバック過程が存在し、それに起因して不連続的に気温が変動する可能性がある。「古気候記録は、我々が見逃している未知のフィードバック過程の存在と、その結果生じる急激かつ不連続的な気候変動の可能性について、教えてくれる」と多田は指摘する。人類と地球の将来に何が来るのか、それを知るために、今も多田は地球の過去を探っている。
(photograph by 佐藤 久 / text by 板垣 朝子)
中国新疆ウイグル自治区の叶城(Yecheng)での地質調査
中国新疆ウイグル自治区の塔什庫爾乾(Tashikuergan)
- 注1:IPCC
- 気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)。地球温暖化についての科学的な研究のための政府間機構

