科学を誰に伝える?

科学を誰に伝える?

広報室副室長 横山 広美(科学コミュニケーション 准教授)

図1

図:政策決定の政治的構造のひとつ,パワーエリートモデル。基礎科学に関心のある人々は日本では4%に過ぎない。96%にどう波及するかが議論になっている。

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もう数年前になるが,アメリカ・シカゴにあるフェルミ国立研究所の広報責任者と,ステークホルダー(ここでは伝えたいターゲットという意味)は誰か,という議論になった。「若い人を中心にしたpublic(公衆)ではないか」という私に,彼らは「public?それは誰?」と問い,そして迷いなく「一番のステークホルダーはdecision maker(政治家や審議会メンバーなど政策決定権をもつ人々)である」と答えた。その迷いのなさに衝撃を受けた。

フェルミ国立研究所は研究を主とする機関であり,大学のような教育機関とは位置付けが異なる。より多くの若い人に波及したい大学と,ステークホルダーの優先相手が違うのは当然でもあり,一概に比較はできないけれども無視もできない。当時はブッシュ政権下で,大型の基礎研究は常に「事業仕分け」を受けているような状況であり,その必死のコミュニケーション活動には学ぶことも多かった。とくに,一番のステークホルダーを決めてコンテンツの質を高く均一に保つという広報の基本と,そこから他のステークホルダーへの水平展開をしやすい状況をつくっていることには,多くのヒントを得た。

1990年代初頭の冷戦終了は,世界の科学技術政策に大きな変化を与えた。ロシアは,ソ連崩壊後にゴルバチョフが軍事研究の一部を環境問題の研究にシフトさせ,国際的な温暖化防止の活動を活性化した。こうした政治的方向付けは多くの問題を抱えながらも国際的な評価を得た。アメリカは,アメリカこそが一番であると国威発揚をする必然性がなくなり,代わりに「国益のための科学」を推進する姿勢を示した。とくにクリントン政権でその動きは顕著であり,予算のかさむ大型科学を縮小すると同時に,ヒトゲノム計画に代表される,国益に結びつく可能性が強い科学に大きく予算をつけた。大統領によって科学技術政策の方針が大きく変わるアメリカは,いかにdecision makerにその分野の必然性を訴えるかが死活問題になる。とくに旧来型の大型科学には風当たりが厳しい。このような科学政策の変化は,当然コミュニケーション活動の方向性にも変化をもたらした。

公共政策分野では,政策決定の政治的構造についてのいくつかのモデルがあり,科学政策にも同様のモデルがしばしば使われる。その中でも「パワーエリートモデル」がよく用いられるので図で紹介する。あるトピックスについて,もっとも決定権を有するdecision makerを筆頭に,政策リーダー,そして公衆が続く。公衆は3つに分け,それぞれのトピックスについて関心のある公衆,関心はあるが詳しいわけではない中間層の公衆,興味のない公衆と続く。基礎科学のように科学的発見に関するニュースに関心のある公衆は残念ながら多くはなく,日本では全人口の約4%であるという数字も出ている。もちろん,トピックスが景気など他の話題になれば,科学的発見で「そのほかの人々」に位置付けられる公衆が,「関心のある公衆」になることは多いに考えられる。

多くの情報発信をしても,いつも情報をキャッチしてくれるのは限られた人数である。科学雑誌を作成する編集者が,ひとつのテーマに対して科学雑誌を買ってくれる「市場規模」はだいたい1万ですかねえ,と言っていたことを思い出す。ではそのほか多くの人々,4%を除く96%の人々に,どうやって波及するのか。

現状では,日々のニュースの中で,科学的発見を扱ってもらい,その驚きとわくわく感を,広く共有する手段がとられている。したがって,科学を伝える直接の相手は,「メディア」であるのは必然であるが,そこにもまた,いくつもの注意点が存在する。それについては別の回に紹介したい。