ニュートンのリンゴの木

邑田 仁(植物園 教授)

図1

図:精子発見のイチョウ。詳細は理学部ニュース2006年11月号を参照。

小石川植物園には少なくとも貝塚があり,また江戸初期の白山御殿の跡から御薬園時代を経て東京大学へとつながる,さまざまな歴史が積み重なっている。理学のみならず,考古学,文学,美術,医学,薬学,とさまざまな分野の歴史であり,宝物も数多い(理学部ニュース2005年5月号を参照)。

小石川植物園の記念樹としてすっかりお馴染みになったニュートンのリンゴは,小石川植物園内にあった植物学教室で植物生理化学の研究を創立した柴田桂太博士の弟で,化学者の柴田雄次博士の働きで日本にやってきた。しかし,最初から小石川植物園に植える目的で輸入されたということではなかった。1962年に日本学士院長に就任した柴田雄次博士は,イギリスの国立物理学研究所長サザランド卿に,同研究所内に植えてあるニュートンのリンゴの木の分譲を依頼していた。その結果, 1964年に柴田博士宛てのリンゴ苗木1本が航空便で羽田国際空港に到着した。しかし,リンゴ特有のウイルスに感染している疑いがあったため,植物防疫所が検査したところ,高接病ウイルス(Apple chlorotic leafspot virus)に感染していることが明らかになった。病気や害虫のついた植物は国内の植物保護のため基本的に輸入が禁止されており,このような場合には焼却処分することになっているが,ニュートンにちなむ貴重な文化遺産であったことから,特別に焼却処分を行なわず,小石川植物園で預かって隔離栽培することとなった。その後,リンゴの細胞は分裂するがウイルスの増殖が抑制される高温条件で親株を栽培し,新しく伸びた枝の先だけを他の台木に接ぎ木するという方法が試みられ,それが成功して,ウイルスフリーのリンゴの木を5本作ることに成功した。検査の結果,ウイルスが発見されなかったので,ようやく日本国内への輸入が許可されたのである。

こうして準備がととのったニュートンのリンゴの木(表紙参照)が庭に植え出され公開されたのは1981年になってからで,日本に渡来してから15年余の年月が過ぎていたことになる。リンゴは自分の花粉を受けても実がつきにくいので,近くに別の品種の木も植え,虫によって自然交配が起こるようにしている。その結果,ある程度の実(裏表紙下図)はつくのだが,カラスのいたずらなどの原因で落ちてしまい,リンゴらしく大きくなる実は稀である。ニュートンのリンゴはその後,科学の振興啓発のために,各地の学校や科学にかかわる施設に穂木で分譲され,今では日本の各地で育っている。

ニュートンのリンゴの隣には「メンデルのブドウ」がある。こちらは最初から小石川植物園に植える目的で,第3代園長の三好学博士が,メンデルがブドウの育種の研究を行なったブルノ(チェコ共和国)の修道院にあったブドウの分譲を依頼し,送り届けられたものである。こちらも日本各地に分譲されている。

園内にはさらに, 1894年に平瀬作五郎が裸子植物から精子をはじめて発見した研究材料であるイチョウ(精子発見のイチョウ,図参照)がある。

このように宝物に満ちた小石川植物園そのものが,理学の宝であることは明らかである。今,この小石川植物園の歴史を損なうことなく,時代に応じた新しいページを書き加えるため,植物園整備を目的とするLife in Green Projectを立ち上げた。

Life in Greenは本計画のための造語で,Life'nGreenあるいはライフィングリーンと読まれることを期待して創った。広く使われるlife with green のアナログであり,後者が人間を主体とした「緑のある生活」を意味するのに対し,人間が自然を象徴する緑と助け合い,一体となって生きる願いを込めたものである。ニュートンのリンゴが日本各地に散らばり,それぞれの施設で科学の夢を育んでいるように,小石川植物園も自然を愛する人々の夢を集め,夢を実現する場所でありたいと願っている。