パラメトロン計算機PC-1

平木 敬(情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻 教授)

図1

図1:パラメトロンの原理

図2

図2:3入力多数決パラメトロン素子

図3

図3:PC-1パラメトロンボード

パラメトロンは1954年3月に,当時大学院1年生であった後藤英一教授が発明した論理素子であり,安価に論理回路が構成できることからパラメトロン計算機として一時期広く使われた。パラメトロン計算機PC-1は,理学部発の素子を用い理学部で製作されたコンピュータであり,完成当時日本では最高速,またわが国の大学では唯一の計算のできるコンピュータであった。

パラメトロンの原理は,共振周波数fのLC共振回路において,インダクタンスLを2fの周波数で変化させると,その半分の周波数fで発振するパラメータ励振(注1)である(図1)。Lを変化させることは,フェライトコアの透磁率の非直線性を利用し,DCバイアス電流とともに2fの周波数の励振電流をフェライト上に巻いたコイルに流すことにより実現させた。

パラメトロンが論理素子として働くための論理値は,発振時の位相が0であるか,πであるかを用い,パラメトロン出力を次段のLC共振回路に弱く結合させることで,多数決論理で論理値が決まる。実際に用いたパラメトロン素子は,励振電流の漏洩打ち消し,他のパラメトロンからの入力結合のため,3個のフェライトコア(写真上において,リング状のもの),コンデンサ(ボード下部茶色のもの),抵抗(ボード下部黒色のもの)と配線で構成され,3相のバースト状励振電流により駆動される複雑なものである(図2)。

このできたてほやほやの素子であるパラメトロンを4,300個用い,物理学教室高橋秀俊研究室で1958年にパラメトロン計算機PC-1が製作された。PC-1の特筆すべき点は,研究用として試作し評価しただけではなく,理学部に設置された最初のコンピュータとして1964年までの6年にわたり偏微分方程式の求解,結晶解析,電子線回折,分子内ポテンシャル計算,数値計算ライブラリなど物理学,化学,情報科学などの研究・教育に活用されたことである。これは,研究教育に必要な道具は,必要ならば自らつくり出すという理学部の伝統とも軌を一にするものである。コンピュータの黎明期である1950年代に発明されたパラメトロンはひじょうに安価であり真空管より安定動作することから,理学部だけではなくわが国全体における計算科学の発展に大きく貢献した。

PC-1が切り拓いた必要なコンピュータを構築することはその後さらに発展した。1982年には,LSIマスク作成に必須である電子レンズの解析における数式処理問題を解く必要性から,後藤英一研究室(理研との共同開発)において数式処理計算機FLATSが開発された(下図左,5M命令/秒)。FLATSのハードウェア設計は当時後藤研究室の大学院生であった清水謙多郎(農学生命科学研究科教授)と筆者が担当した。さらに最近では,平木研究室(情報理工学系研究科)と牧野研究室(国立天文台,天文学専攻兼任)が共同で汎用超並列コンピュータGRAPE-DR(下図右)を開発し,ペタフロップス(Pflops)(注2)領域でのシミュレーション実現を目指している。GRAPE-DRプロセッサボード1枚は,2テラフロップス(Tflops)の演算速度をもち,PC-1から見ると50年で10億倍の高速化が理学部において実現していることになる。

注1
パラメータ励振は,ブランコをこぐ方法のように,周期2Tの振動子の周期を決定するパラメータを周期Tで小変化させることにより,大きな周期2Tの振動を発生させること。ブランコでは,振動子の長さを変化させ,パラメトロン素子ではフェライトに巻いたコイルのインダクタンスLを変化させる。
注2
flopsは,1秒間に実行する浮動小数点演算数であり,コンピュータの速度をあらわす。Pflopsは,1015 flops,Tflopsは1012 flopsのことである。