穴あきアルミ板から夜空のムコウを見る

須藤 靖(物理学専攻 教授)

図1

スローンデジタルスカイサーベイ2.5m望遠鏡

一面にわたり約600個の穴があけられた,直径80 cm,厚さ3 mm,重さ4.5 kgのアルミ円盤があります。さてこれは何に用いられたものでしょうか?

もちろん関係者以外でこれに答えられる人がいるとは思えません。仮にいたとしたら顔を拝みたいくらいです(といっても本当に私の部屋を訪ねて来たりしないでくださいね)。正解は,国際共同天文観測プロジェクト「スローンデジタルスカイサーベイ(SDSS: Sloan Digital Sky Survey)」で用いられた遠方銀河の「覗き穴」です。宇宙の果てを探るという天文学の最前線の研究において,この面妖な穴あきアルミ板(表紙左下写真)が果たした役割を紹介するのが本稿の目的です。

知らない場所を訪問する場合には,あらかじめ地図を頼りに大まかな道順を頭に入れておくことは必須です。これは天文学においても同様です。高い角度分解能を誇る大望遠鏡の視野は高々0.5°×0.5°程度,全天の立体角のわずか20万分の1程度でしかありません。空にむかってやみくもに望遠鏡を向けたのでは,よほどの強運の持ち主でない限り興味深い天体を偶然観測できるはずはありません。あらかじめ天球上のどこにどのような天体があるのかを下調べして宇宙地図を作成しておくことが重要です。宇宙地図は,未知の領域を開拓し大局的な宇宙の構造を浮かびあがらせることで,宇宙の過去から現在に至る進化史を俯瞰し宇宙の初期条件を再現するための本質的な統計データでもあります。この宇宙地図(裏表紙a)を作成することを目的とした世界最大のプロジェクトがSDSSなのです。(注1)

SDSSは米国ニューメキシコ州アパッチポイント天文台にある口径2.5メートルの専用望遠鏡を用いた,全天の約1/4に対応する領域の可視光での天体サーベイです(裏表紙b)。もともとは1980年代末にアメリカで提案されたものですが,1991年にプリンストン大学から共同研究の打診を受け,日本参加グループ(JPG: Japan Participation Group)が結成されました。1992年2月にアルフレッド・スローン財団からの援助が決定し,日米共同プロジェクトとしてのSDSSがスタートしました。発足時のJPGメンバーは11名でしたが最終的には14名となり,うち7名が本理学系研究科の教員です。(注2)2001年から2005年の第一期観測,さらに2005年から2008年の第二期観測を終え,23等より明るい銀河1億個,クエーサー候補100万個の天球上の2次元地図(5色の測光データ),さらに18等より明るい銀河90万個,19等より明るいクエーサー10万個の3次元地図(分光スペクトルデータを含む)が完成し,そのデータはほとんどがすでに一般公開されています。

ここでやっと穴あきアルミ板の説明となります。SDSSではあらかじめ測光観測によってある明るさ以上の銀河とクエーサーを選び出し,スペクトルを観測する分光ターゲットとします。しかしこれらをひとつずつ分光観測していたのでは膨大な時間がかかってしまいます。そこで,すでに測定されたターゲットの天球上での位置に合わせて640個の穴を開けておき,そこから得られる天体の光を光ファイバーで分光器まで伝えるという多天体分光装置(裏表紙c)が用いられたのです。つまり,並列観測によって600倍を超える効率アップを達成したことになります。

実はJPGは,正確さが要求される穿孔作業代込みで一枚あたり約700ドルのアルミ板を計1200枚以上SDSSに提供しました。しかし厳密に言えば,これらのアルミ板は観測しない領域を覆い隠しただけであり,われわれが購入したアルミをわざわざ取り除いた穴こそが,実際に夜空のムコウを覗く本当の窓の役割を果たしたことになります。

穴あきアルミ板は,それぞれが天球のある領域に対応したまさに世界で一枚のユニークなものですが,観測が終了したのちは,もはや単なるアルミの塊以上の価値はありません。そこでビッグバン宇宙国際研究センターでは,実際の観測に用いたアルミ板100枚を日本国内の教育・研究施設に無料で配布することにしました。パブリックアウトリーチ活動などに有効に利用していただけることが唯一の条件です。それぞれのアルミ板に対応する天球領域の宇宙地図も添付する予定です。興味のある方は,アストロアーツ(tel:03-5790-0871)までお問い合わせいただければ幸いです。

注1
嶋作一大「銀河進化の謎」(UT Physics 4:東京大学出版会,2008)にSDSSの詳しい説明があります。
注2
所属は,宇宙線研究所および理学系研究科のビッグバン宇宙国際研究センター,物理学専攻,天文学専攻,天文学教育研究センターにまたがっており,まさに理学系研究科を横断するプロジェクトです。