天の川銀河の地図を作る —60cmサーベイ望遠鏡—

半田 利弘(天文学教育研究センター)

図1 60cmサーベイ望遠鏡の結果の1例。2つの輝線の強度比を測ることで、天の川銀河の中心からの距離によって星間ガスの性質が変化していることがわかる。この輝線強度比の変化は主に星間ガスの密度の違いを反映している

図2 南米チリに設置してある60cmサーベイ望遠鏡

天体望遠鏡と言えば「どうやって覗くの?」という質問がすぐに出る。しかし、研究用の望遠鏡には「覗くところ」はない。天文学研究用の望遠鏡は、天体を対象とする測定装置だからである。測定装置であるからには、手段は可視光に限らない。我々が建設・運用している60cmサーベイ望遠鏡も、観測手段は電波である。

地球が太陽の周りを巡る惑星の1つであることは周知の事実であるが、宇宙では太陽に類した恒星が多数集まって銀河と呼ばれる天体を構成している。そのなかで、太陽系を含む銀河は天の川銀河と呼ばれ、地球上からは天の川として、その姿を見ることができる。天の川銀河には2000億個の恒星が属していると言われているが、恒星以外にもいろいろな存在形態の物質を含んでいる。その1つが星間ガスである。星間ガスは電波輝線を放射しているので、それを検出することによって星間ガスの分布や状態を知ることができる。これが電波で観測する理由である。特に、60cmサーベイ望遠鏡の場合、既存のデータも含めて複数の輝線を観測し、それを比較することで、星間ガスの密度分布を知ることが最大の目標である。

最も身近にある銀河でありながら、天の川銀河の全貌はなかなか知ることができない。実は、我々自身がその内部にいること自体が、かえって観測を困難にする理由ともなっているのだ。天の川銀河は大雑把に言って、薄い円盤状に物質が集中している構造をしている。このため、同一方向に様々な距離の天体が重なって見えている。例えば、天の川銀河の中心方向は、いて座の方向にあるが、星座の星として肉眼で見える星がせいぜい1000光年程度までの距離。これに対し、銀河の中心までは2.6万光年もある。個々の天体までの距離の見積もりができなければ、天体の規模も分からず、その実態をモデル化することはできない。なにより、どれが「個々の」天体なのかを識別することさえ不可能となる。天文学では地球からという1つの方向からしか対象を観測することができない。このため、距離の見積もりと天体の性質の解明とは相互に絡み合いながら進んできた歴史がある。星間物質については、この点では未解明の部分が多く、対象までの距離やガスの場所ごとの違いを調べることは、そう容易ではない。

星間ガスの密度と銀河構造との関連を知ることは、長年の課題であり、天の川銀河全体での密度分布を3次元的に描き出すことが我々の夢である。天の川銀河は、最も身近であるために、部分部分は詳細に観測できるのだが、それと全体像との関連がなかなかはっきりしない。この関係を明確に示せれば、他の銀河で見られる特徴をよりミクロな過程の理解に基づいて説明することも可能となる。天の川銀河の全体像がつかめてこそ、建設が開始されている次世代大型電波望遠鏡ALMAで明らかにされる他の銀河の詳細観測が活きるのである。

ところで、60cm望遠鏡という名は、その口径が60cmであることによる。日本には45m電波望遠鏡もあるし、すばる望遠鏡が口径8mを誇っているのは小学生でも知っているだろう。それに比べれば60cmのアンテナなど取るに足らないほど小さい。家庭用の衛星放送アンテナ程度のサイズしかない、こんな望遠鏡で何ができるのかと訝しむ方も大勢いることだろう。そのポイントは視野にある。

望遠鏡の性能を決めるのに重要なパラメータに、角分解能と集光力がある。この2つは、いずれも口径が大きいほど高い能力を達成しうる。一方で、広い範囲を観測対象とする場合、同時に観測できる範囲がどの程度であるか、つまり、視野がどの程度広いかも大きなポイントである。しかしながら、大口径の望遠鏡ほど広い視野を確保することが困難になる。特に、電波望遠鏡の場合、未だに主流の受信機は同時に1画素しか観測できないため、角分解能と視野とは事実上一致してしまう。ところが天の川銀河の場合、その広がりは全天にわたる。したがって、その全体像を知るためには広い視野で能率良く観測する必要が出てくる。サンプリングを粗くすることで手っ取り早く結果を出す場合もあるが、それでは実質的な分解能がサンプリング間隔以下になってしまい、知りうることに限りがある。視野とマッチしたサンプリング間隔で全天を漏らさず観測することが肝心である。

60cm鏡による天の川銀河のサーベイは建設以来の課題であるが、昨年まで使用してきた受信機では予定通りの感度が達成できず、残念ながらサーベイは未だ完了していない。これを改善するために、現在、大阪府立大学宇宙物理学研究室との協力で受信機を新型に換装中である。これが完了すると、受信機の感度が向上するばかりでなく、2つの周波数で同時に観測可能となる。これによって観測能率が著しく向上し、数年以内に念願のサーベイを完了できると期待している。

有名な大型望遠鏡が国際共同利用であるのに対し、60cm望遠鏡は単一研究室の専用装置であり、観測テーマも絞り込まれている。このため、技術開発的な要素にも柔軟に取り組むことができ、大規模で複雑な望遠鏡システムを構築する際のテストベッドとしても利用できる。例えば、望遠鏡の制御と観測の自動化がその1つである。システム全体の制御ソフトを全て自主開発したこともあり、裏も表も通じているのは、大規模システムとなってしまう大望遠鏡では経験できない。これまでにも問題点が生じるごとに柔軟に対応し、機能拡張を図ることができた。受信機換装前には、長野県野辺山に設置されている望遠鏡を東京都三鷹市の研究室から遠隔制御して観測していた実績もある。ここで培われたノウハウは、すばる望遠鏡の一部にも導入されつつある。

観測対象が全天に広がっているために、日本からの観測ではすべてを観測することができない。そこで、60cm望遠鏡の同型機を製作し、南米チリに持ち込んでいた。3年ほど観測を続けていたが、残念ながら受信機が壊れてしまったために現在は運用休止中である。日本の望遠鏡で新型受信機が性能を発揮することが実証できた暁には、ぜひ、同型受信機をチリの望遠鏡にも搭載し、捲土重来を期したい。