地下室から宇宙をのぞく

蓑輪 眞(物理学専攻)

ふつうの望遠鏡は夜空の星を観測するためのものだ。電波望遠鏡は宇宙から来る電波を観測する。いずれも電磁波(光子)を観測することに変わりはない。ビッグバン宇宙国際研究センターの前身である初期宇宙研究センターのプロジェクトのひとつとして建設され、理学部1号館の地下2階の実験室に設置されたaxion helioscope(アクシオン太陽望遠鏡)(図1)は未発見の素粒子「アクシオン」を探索するために作られた。電磁波と違って、アクシオンは天井や壁はもちろん地球すらも平気で通り抜けるので、地下室でも観測ができる。

図1 アクシオン太陽望遠鏡

図2 望遠鏡の先端のシキビー氏の署名

アクシオンは、素粒子同士に働く「強い力」のCP対称性を保証するために理論的になくてはならないと考えられている素粒子である。いろんな方法によりアクシオンの探索実験がなされているがまだ発見されていない。太陽の中心部では黒体放射光子と原子核や電子との相互作用により平均エネルギー約4keVのアクシオンが作られている可能性がある。このアクシオンをaxion helioscope内の磁場により平均エネルギー4keVのX線に変換してやることができる。このX線をPINフォトダイオードで検出する。PINフォトダイオードはその名の通り本来は可視光を検出するための素子であるが、空乏層の厚いものではX線の検出も可能である。真空・低温という特殊な環境下で使用できるX線検出器としてPINフォトダイオードは有用である。磁場はレーストラック型の超伝導電磁石による。超伝導コイルは冷凍機による直冷方式で、液体ヘリウムなしに室温から冷却が可能であり、約5.5Kで運転している。装置は経緯儀に載せられて、コンピュータ制御により太陽や他の天体を追尾観測できるようになっている。

アクシオンが磁場中で光子に変換することを理論的に示したのはフロリダ大学のP.シキビー(Sikivie)である。当初、私はなぜかこれは別の人の仕事だと間違って思い込んでいた。昔、ハイデルベルクの国際会議でシキビーと会ったとき、山の上のお城を見物しながらaxion helioscopeを東京大学で作っていることを、その別の人の名前を引用しながら彼に話したことがある。するとシキビーは、おずおずと実に申し訳なさそうに「こんなことをいうと自己中心的な奴だと軽蔑されるかも知れないけれど、その原理を思いついたのは彼ではなく私です」と言った。私は失礼を詫びると同時に内心で「このような謙虚なものの言い方のできる人がいるのだ」と驚いたものだ。日本人であれ外国人であれ、このような物理屋は珍しい。この物腰の柔らかいシキビー氏はベルギー生まれで、ハイデルベルクのお城の博物館の古めかしい薬剤の調剤器具の展示を見ながら、実は薬剤師になりたかったのだと言っていた(そういえば、立て替えてもらった博物館の入場料をまだ返していない)。後に彼が日本に来たときに、原理の考案者に敬意を表してaxion helioscopeにシキビーの署名をしてもらった。この署名を見るたびに彼の人柄が思い出される。我々の装置以前には、地面に固定した加速器用の偏向電磁石を流用した簡単な実験が試みられたことはあったが、この原理を使った望遠鏡としていろんな方向に向けられる専用のaxion helioscopeを作ったのは我々のものが世界最初である。

これまで、設定条件を色々変えて太陽追尾観測を行っているがアクシオンはまだ見つかっていない。その間、太陽以外の天体も観測対象に広げて実験を続けている。

望遠鏡が完成して間もないころ、他の分野の先輩の教授にこの望遠鏡をご披露したことがある。ちゃんと説明した積もりであるが、地下室にある望遠鏡というものがどうも不審に思われたのか、「これと同じような装置は日本の他の大学や研究所にもありますか」と尋ねられた。そこで私は誇らしげに「いいえ、日本はもちろん世界のどこにも類似の装置はなく、ここにしかありません」と答えると、ほがらかに笑いながら言われた「あなたはそんなつまらない研究をしているのですか」と。何かの冗談ではないかと訝ったのを覚えているが、いまだにその真意はわからない。

数年後に、ようやく同じ仕組みの少し大規模な装置がCERN(欧州素粒子物理学研究所)に建設され2002年秋より稼働している。我々の装置はいまやこれより規模こそ小さいけれど、アクシオンの質量領域で彼らの装置の及ばないところにも感度があるという特徴がある。彼らより先に太陽から来るアクシオンを発見したいと願っている。