富士山頂サブミリ波望遠鏡を支える人たち

山本 智(物理学専攻)

私達が富士山頂にサブミリ波望遠鏡を設置したのは1998年の夏。我が国で初めてのサブミリ波を観測する電波望遠鏡であった。星間に漂う炭素原子が放つ波長0.6ミリメートルのスペクトル線を観測し、星間分子雲の形成過程を解明する目的で、初期宇宙研究センター(現在はビッグバン宇宙国際研究センター)のプロジェクトの一つとして設置された。これまで5年間にわたる観測によって、星間分子雲における炭素原子の分布をかつてない規模で明らかにし、初めて星間分子雲が形成されている現場を捉えるなど、重要な成果を挙げている。また、この望遠鏡で我が国のサブミリ波観測技術を立証したことは、我が国のALMA(Atacama Large Millimeter and submillimeter Array)計画への参加実現に向けて大きな支えとなった。この望遠鏡とその成果についての紹介は、何年か前に本誌に載せていただいたので、今回はその運用にまつわる話を紹介したい。

図1 富士山頂サブミリ波望遠鏡ドーム

図2 富士山頂サブミリ波望遠鏡の受信機メンテナンス作業の1コマ

図3 富士山運搬組合の伊倉範夫さん(右側)と運搬用ブルドーザー

望遠鏡の運用は主に冬季である。サブミリ波は大気に含まれる水蒸気で吸収されるので、気温が下がって乾燥する冬が絶好の季節なのである。冬季に富士山頂に登るのは容易でないので、観測は衛星通信を利用して東京大学から遠隔制御で行っている。現地に行かなくてもよいので、観測効率はすこぶる高い。観測を主に行っている大学院生にとっても、徹夜などはあるにせよ、ほぼ日常生活の上でサブミリ波観測ができる。このようなサブミリ波望遠鏡は世界でも初めてで、この点でも大変ユニークな装置である。

そうは言っても、年に1度は望遠鏡のメンテナンスをする。そのため夏から秋にかけて富士山頂に何度も赴くことになる。7月初め、冬季の間働き続けた超伝導受信機を一旦望遠鏡から下ろす。受信機は天体からの微弱なサブミリ波を捉える望遠鏡の心臓部なので念入りにメンテナンスするためである。何十kgもある装置を狭い望遠鏡の中で取り外し、ブルドーザーに載せて麓まで下ろす。5−6人がかりの大仕事である。約1ヶ月かけて、冷凍機の部品交換や受信機の再調整やらを行って、8月中旬に望遠鏡に再び搭載する。その後、10月までかけて、望遠鏡としての動作を確認する試験が続く。7月から10月までのメンテナンス期間に、私達のグループでは多い人で10回くらい富士山頂で作業をする。研究室のスタッフである岡朋治さんを中心に大学院生達のこのような努力が、冬季を通した無人運用を可能にしているのである。

望遠鏡の運用や保守作業では、富士山測候所の方々にも大変お世話になっている。望遠鏡に必要な電気の供給をしていただいているほか、緊急時の避難、長期作業の時の宿泊などまで配慮していただいている。富士山を知り尽くしたメンバー揃いで、色々アドバイスをいただけるのはありがたい。山頂への機材の運搬では富士山運搬組合の方々にお世話になっている。昨年まで親方だった伊倉範夫さんは、富士山測候所の建設時からこの仕事に携わっている大ベテランである。残雪の残る5月ごろから輸送ルートを整備して夏場の運搬に備え、10月には雪と格闘しながら山頂へ登る。天気が荒れれば命懸けの作業である。現在は、ご子息の秀雄さんが親方になって引き継いでいる。ブルドーザーのオペレーターは並木さん。かつて強力として活躍した人だ。望遠鏡機材の運搬では幾度となく無理も聞いてもらい、感謝している。また、理学部事務の方々にも、様々な形、局面で大きな支援をいただいている。望遠鏡の運用にあたり、私たちをサポートしてくれているこれら多くの人達がいることを忘れることはできない。

今年もメンテナンス作業が無事終了し、富士山頂サブミリ波望遠鏡は6年目の観測シーズンを迎えている。望遠鏡は作るよりも運用し続けることの方がずっと難しい。その意味で、このユニークな望遠鏡を10人ほどのチームで支えていることは、私達にとって小さな自信につながっている。これからも可能な限りこの望遠鏡を大切に運用し、よい成果を出していきたい。