宇宙からのテラヘルツ光を「波」として捉える

山本 智(物理学専攻 教授)

図1

図1:ASTE 10 m望遠鏡での観測成功を祝して

表紙図

図2:HEBミクサの構造。マイクロブリッジは長さが0.15 μm,幅が2 μm程度。

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裏表紙図

表紙図:35 mm石英ウエハ上に作成されたテラヘルツ帯超伝導ホットエレクトロンボロメータ・ミクサ素子とその拡大写真

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裏表紙図

裏表紙図:(左上)超伝導ホットエレクトロンボロメータ(HEB)ミクサ製作のための専用製膜装置。(左下)製作したHEBミクサの応答特性。(右下)国立天文台ASTE 10 m望遠鏡へのHEBミクサ受信機の搭載風景。(右上)搭載した受信機で試験観測した月の画像。

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宇宙でもっとも低温の天体は星間分子雲である(理学部ニュース2011年7月号「理学のキーワード第32回」参照)。この10 K程度の冷たい雲が重力収縮して,新しい恒星と惑星系が作られる。私たちは,原子,分子の電波スペクトル線を観測して星形成過程と物質進化を調べ,太陽系の起源を探っている。このような研究では,極限的感度をもつ観測装置を,物理学や物質科学に立脚して開発する必要がある。私たちは,10数年前に,富士山頂サブミリ波望遠鏡を建設し,サブミリ波天文学の一端を開拓してきた(理学部ニュース2004年1月号「望遠鏡ものがたり2」参照)。そこで育んだ技術はALMA注1)望遠鏡の実現を支えた。現在は,さらに周波数の高いテラヘルツ帯で,物質進化の理解に不可欠な基本的原子,分子を観測することを目指している。

テラヘルツ帯(1 - 3 THz:波長0.3 - 0.1 mm)は,波として扱うには最高周波数,光子として扱うには最小エネルギーで,その検出はどちらにとってもフロンティアである。私たちはスペクトル観測により適した前者の研究を進めている。一般に, 80 GHz程度以上の周波数では直接増幅ができないので,受信機が作る既知周波数の信号と天体信号をミクサ素子で混合して「うなり」を取り出し,それを増幅するヘテロダイン検出法が採られる。その素子には,ジョセフソン接合の非線形応答を利用するSIS注2)ミクサが広く用いられてきた。SISミクサは量子雑音の数倍に迫る高性能を示すが,テラヘルツ帯では超伝導体ギャップによる吸収のために使えない。そこで,開発しているのが超伝導Hot Electron Bolometer (HEB)・ミクサである。図のような超伝導マイクロブリッジにテラヘルツ波を入力すると,超伝導性が部分的に破壊される。天体信号と局部発振信号を同時に入れると,そのうなり周波数で超伝導の破壊の程度が変化し,流れる電流が変化する。これを取り出すことでヘテロダイン検出できる。

私たちは10年ほど前から,このHEBミクサの独自開発を始めた。先行するオランダのSRONや米国のJPLなどの大研究所に大きく遅れをとっていたが,その原理と構造は比較的単純なので,当初,簡単に製作できると考えた。しかし,実際の開発は困難を極めた。まず,用いる超伝導物質NbTiNを,薄膜化する必要があった。しかし,初めのうちは膜厚を薄くすると超伝導転移温度が極端に低下し,使い物にならなかった。また,0.1 μm程度の微細加工は,プロセス中の温度変化の影響を受け,再現性を保てなかった。そのほかにも,前処理やレジスト材など,試行錯誤の連続であった。「理学の匠」というと,発生した問題を卓越した学問的着想によって見事に乗り越えるイメージがあるかも知れない。しかし,実際の研究はそのようなものだけではない。私たちは上記のような一見些細な課題をひとつひとつ解決して,HEBミクサの性能を向上させていった。たとえば薄膜化は粘り強い条件最適化や緩衝層の導入によって,微細加工精度の向上は位置合わせマーカーの改良によって乗り越えた。そのような技術の蓄積が,時には「ものつくり」の本質なのである。

最終的に,私たちは1.5 THzにおいて490 Kという量子雑音の7倍に相当する世界一低雑音のHEBミクサを実現した。このような高性能を10.8 nmという厚めの超伝導薄膜で達成できたことは大きな驚きである。私たちは,その背景にHEBミクサの動作機構が隠れていると見ている。HEBミクサでは,うなり周波数よりも速く素子を冷却しなければならない。それにはフォノンを介して基板に逃がす効果(格子冷却)が有効とされてきたが,熱電子の電極への拡散の効果(拡散冷却)も寄与する。私たちは,当初から拡散冷却も考慮して,超伝導薄膜と電極間の接触をよくすることを重視していた。このことが結果として高性能化に役立っている可能性が高い。

このミクサを使ってテラヘルツ帯受信機(0.9/1.3 THz)を構成し,国立天文台がチリのアタカマ砂漠で運用しているASTE望遠鏡に搭載して実用テストを行った。私たちが作ったHEBミクサは良好に動作し,13COのスペクトル線を受信することに成功した。今後,観測実験を続け,テラヘルツ帯での原子・分子観測を大きく発展させていきたいと考えている。

最後に,この研究は,新保謙氏, Jiang Ling氏,芝祥一氏,椎野竜哉氏,古屋隆太氏をはじめとする多くの院生,PDの渾身の業であることを記す。

注1)
Atacama Large Millimeter/submillimeter Arrayの略。チリ共和国のアタカマ砂漠に国際共同で建設中の大電波望遠鏡。
注2)
Superconductor-Insulator-Superconductorミクサの略