鉱物中の小角粒界に見られる原子構造

小暮 敏博(地球惑星科学専攻 准教授)

図1

図1:(a)岩石薄片の偏光顕微鏡写真。写真で黄色や青色を呈した紡錘状の結晶が斜方輝石で,周囲を埋める細粒の結晶はおもに長石でできている。(b)斜方輝石表面のSEM像。試料表面はフッ酸でエッチングしてある。青い矢印で示した線が小角粒界で,それに直交する筋は斜方輝石中から離溶した単斜輝石である。(c)小角粒界(青い矢印)を含む斜方輝石のTEM像。なお(a),(b)中の赤い四角は,次の図とのスケール的な対応を示したもので,実際の同じ領域とはなっていない。

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表紙図

表紙図:斜方輝石中に見られる小角粒界の高分解能透過電子顕微鏡像。下の数字はb軸を回転軸とする小角粒界での結晶方位のずれの角度を示す。また(b)は(a)に見られる規則的に並んだ波状転位のひとつを高分解能観察したもので,矢印の部分が2つに分かれた部分転位の転位芯となっている。

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裏表紙図

裏表紙図:(a)走査電子顕微鏡の試料室に取り付けられた回折パターン検出器(白い円の部分)。(b)斜方輝石表面から得られた回折パターン。白い矢印がb軸の方向に対応している。(c)集束イオンビーム装置の鏡筒部の写真。(d)作製された薄膜試料(黄色い四角で囲った部分が観察領域)。

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パソコンや携帯電話を駆使して毎日を過ごす最近の学生が研磨剤に汚れながら岩石薄片を作っているのを見ると,ある種の安堵感をもつのは地質・鉱物学系の教員の共通の感覚ではないだろうか。岩石薄片とは,光学顕微鏡で鉱物の同定や岩石組織の特徴を調べるため,岩石を30 mm程度の薄さに研磨したもので,約30年前の学生だった私もいそしんだ,この分野のアイデンティティーのようなものである。しかし時は流れ,今日ではそんな昔ながらの岩石薄片から,最新の分析手法を用いてナノスケールの情報を得ることが必要になることもある。

外国のある地質学者から,断層付近の剪断帯とよばれる領域での鉱物の細粒化のメカニズムを透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: 薄膜化した試料に電子を透過させて試料中の構造を観察する電子顕微鏡,以下TEMと略記)を用いて調べられないかという相談を受けて,この研究は始まった。剪断帯の岩石から薄片を作製し(図a),薄片中の斜方輝石とよばれる鉱物(組成は(Mg, Fe)SiO3)の表面を走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope: 試料表面に電子線を走査し,試料の拡大像を得るもう1種類の電子顕微鏡,以下SEMと略記)で詳細に観察すると,図bの青い矢印で示したような筋が見える。これは結晶中でその方位が僅かに変化した小角粒界とよばれるもので,剪断帯における鉱物の細粒化は,この小角粒界が時間とともに結晶方位のずれを増大させることにより進行することが予想された。そこでこの小角粒界の方位のずれと原子配列の関係を,TEMでさらに拡大して(図c)解析することにした。現在のTEMは日常的に鉱物中の原子配列を直視できるが,そのためには鉱物から小角粒界を含む領域を選び,数十nm以下の厚さに薄くしなくてはならない。しかも今回の目的のためには小角粒界の性質上,斜方輝石の特定の方向(結晶のb軸とよばれる方向)からTEM観察をする必要があった。このためにわれわれが用いたのが,SEM内で結晶方位を決定する電子後方散乱回折(electron back-scattered diffraction: EBSD)と試料中の特定の領域からTEM用薄膜試料を作製できる集束イオンビーム(focused ion beam: FIB)試料加工装置(裏表紙図)である。まず下図bのような鉱物の表面に電子を当て,そこから反射してきた電子を蛍光板上(裏表紙図a)に映すと,裏表紙図bに示すパターンが得られる。これがEBSDで,このパターンを解析して結晶のb軸の方向(裏表紙図bの白い矢印がこれに対応する)を求める。次に同じ試料をFIB(裏表紙図c)に移し,イオンビームを使って表面を剥ぎ取るように微細な鉱物断片を岩石薄片より切り出し,これをTEM用の試料台に"移植"して,イオンビームで薄膜化する(裏表紙図dで,黄色い枠で囲った部分)。このときEBSDで決めたb軸の方位を考慮し,鉱物断片をある角度で斜めに固定する。

このような試料から得られた高分解能TEM像が表紙の図である。下に示した数字は粒界での結晶の角度のずれを表している。詳しい説明をする余裕はないが,表紙図aのような小さい角度の粒界は,規則正しく並ぶ波状転位(edge dislocation)で構成される。またこの転位は実際には2つの部分転位となっており,その間は積層構造が変化して単斜輝石という鉱物の構造となっている(表紙図b)。次に角度のずれが表紙図cのように大きい場合は表紙図aのような波状転位ではなく,局所的に構造の乱れた領域と,その間に斜方輝石の結晶構造が繋がった領域が交互に現れている。最後に表紙図dのような大きな角度では,もはや2つの結晶間には構造的な繋がりは一切見られなくなる。このように鉱物中の小角粒界のずれの角度とそこでの原子配列の対応を,一連の実験の工夫により今回初めてとらえることができた。詳細は文献注)を参照してもらいたい。最後に共同研究者のユグ・ランブル(Hugues Raimbourg)博士,FIBによる試料作製に尽力していただいた学術支援専門職員の藤井英子氏に感謝申し上げたい。

注)
H. Raimbourg et al., Contrib. Mineral. Petrol. 162, 1093 (2011)