植物細胞を中空の管に変える

福田 裕穂(生物科学専攻 教授)

表紙写真

図1:ヒャクニチソウ葉肉細胞からの道管細胞分化。バーは10mm。

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表紙写真

図2: シロイヌナズナ培養細胞での VND6 誘導による道管細胞分化

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表紙上図

表紙図:ヒャクニチソウ道管への分化途中の細胞。核,液胞,ミトコンドリア,葉緑体が見られる。

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裏表紙上図

裏表紙上図:ひとつの道管細胞の二次細胞壁形成時におけるアクチンネットワーク。バーは10μm。

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裏表紙下図

裏表紙下図:分化中の道管細胞。新たに形成され始めた細い二次細胞壁とオレンジ色に光る葉緑体が見える。

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昔から忍者にあこがれていた。自分が変身するのも好きだし,相手を変身させてしまうことにもあこがれた。それが高じて,大学院では植物の細胞を変身させることに熱中することになった。最初に成功したのが,ヒャクニチソウの葉から細胞を取り出し,これを道管という中空の管状の細胞に変えてしまうことであった。この仕掛けは簡単で,乳棒と乳鉢で葉をすりつぶすと葉の葉肉細胞がバラバラにとれてくる。このバラバラの細胞をオーキシンとサイトカイニンという植物ホルモンを加えて試験管内で培養すると,多くはバラバラのままで道管の細胞へと変身するというものである(図1)。

この中のどこが匠かというと,ヒャクニチソウという植物と植物の育て方にある。ヒャクニチソウは葉をすりつぶしたときに葉肉細胞がバラバラととれてくる珍しい植物だからである。試しに,その辺の植物の葉をすりつぶしてみるといい。本当に細胞が磨り潰されて,細胞破砕液だけが得られることになる。生物学の研究はくりかえし実験を行っても同じ結果が出ることが要求される。生き物を扱う場合に問題となるのは,個性によるノイズを少なくして,共通な性質をいかに再現性よく測定するかである。ヒャクニチソウの場合もこの問題に直面した。実験結果が大きく振れるのである。1年くらい試行錯誤をくりかえして,最終的にたどり着いたのは,植物の育成法の確立であった。何をやってもうまくいかず袋小路に陥っていたときに,育て続けているヒャクニチソウを観て,葉がとてもおいしそうにみえた。このおいしそうに見えた葉の条件が変身にぴったりだったのである。収穫時の植物の齢,葉の発達状況,それに到る植物の栽培条件(湿度,温度,光,水,栄養)の最適条件を見つけることで,再現性のある研究が可能になったのである。

この実験系はいまだに私の研究の基本にあって,学生実習でも活躍している。しかし,モデル植物全盛の時代にあって,ヒャクニチソウだけを使っていては,多様な解析が難しくなってきた。そこで新たなシステムの開発を考えた。山中伸弥先生の研究で有名なiPS細胞は,3ないし4つの遺伝子を導入することで分化した細胞を未分化な状態に戻した細胞である。これとは逆に,ある遺伝子を導入することで,さまざまな細胞を特定の分化細胞に変えることができる。このような遺伝子をマスター転写遺伝子とよぶ。私たちは長い間,道管細胞分化のマスター転写遺伝子を探してきた。そして,2005年に道管細胞分化のマスター転写遺伝子として VND6VND7 を同定することができた。この遺伝子を植物に導入すると,さまざまな細胞が道管細胞に変身する。そこで,この遺伝子を自在に誘導することで,モデル植物であるシロイヌナズナの培養細胞を用いて,道管細胞の変身過程を観察できる実験系をつくろうと考えた。そうしてできたのが,図2で示す実験系である。この実験系では,外部から与えた薬剤(エストロゲン)により VND6 遺伝子の発現を誘導する。これにより,3日後には80−90%の細胞が道管細胞へと変身することになる。この実験系のメリットは,細胞にさまざまな遺伝子を導入できることであり,これによって多様な遺伝子の道管分化における働きが分かるとともに,その遺伝子がつくりだすタンパク質の道管細胞内でのダイナミックスを観察することができる。このように,物理学・天文学における装置の開発と同様,生物学においては実験系の開発が匠の見せ所となることも多い。