最強のフェライト磁石

大越 慎一(化学専攻 教授)

表紙写真

図:(a)ε-Fe2O3の合成風景。 (b) 900℃ ~ 1250℃で焼成して得られた Fe2O3 ナノ微粒子のTEM像(右)と粒径分布図(左)。 粒子が大きくなるにつれて最安定相が γ-Fe2O3 → ε-Fe2O3 → β-Fe2O3 → α-Fe2O3と変化し,すべてのFe2O3相を作り分けることができるようになった。粒径分布図の灰色で示した成分はγ-Fe2O3,青はε-Fe2O3,赤はβ-Fe2O3,緑はα-Fe2O3に対応している。

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裏表紙上図

表紙図:巨大保磁力を示す最強のフェライト磁石,イプシロン型-酸化鉄(ε-Fe2O3

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裏表紙下図

裏表紙図:(a)ε-Fe2O3 とε-InxFe2-xO3 の磁化温度曲線。(b)ε-Fe2O3 とε-AlxFe2-xO3 のミリ波吸収特性。(c)ジャイロ磁気効果による自然共鳴現象の模式図。(d)合成したε-Fe2O3 ナノ粒子の写真。(e)ε-Fe2O3 シートのミリ波吸収特性のシミュレーション。(f)ε-Fe2O3 ナノワイヤーの透過型電子顕微鏡写真。(g)ε-Fe2O3 の水インクおよびディスク。(h)ε-Fe2O3 フィルム。

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磁性材料は現代社会のさまざまなところに利用されており,現在のわれわれの社会活動を支えている。磁性材料は,記録媒体や記録デバイスなどのエレクトロニクスの中心的な役割を果たすと同時に,電気自動車の駆動モーターや発電機に用いられている。最近,電気自動車などで使用されている保磁力(磁化を反転させるのに必要な磁場の値)の大きな希土類磁石には,希少元素が必要であるため,外交的な問題とも絡みながら社会的議論がされている。いっぽう,フェライト磁石(鉄酸化物をベースとした金属酸化物磁石)は,豊富に存在する元素からなり,安価で化学的安定性に優れ,絶縁性を有しているという特徴を備えているため,広く活用されてきた。しかし,フェライト磁石は一般に保磁力が小さく,用途が限られている。われわれは2004年に,室温で20キロエルンステッド(kOe)注)という従来のフェライト磁石の3倍の大きさの保磁力をもつフェライト磁石を作りだすことに成功した。イプシロン型‐酸化鉄(e-Fe2O3)というこの物質は,鉄(Fe)と酸素(O)のみからなる最も単純な磁性体である。

フェライト磁石としては磁鉄鉱(Fe3O4)と二酸化三鉄(Fe2O3)が有名である。後者のFe2O3の場合,自然界に存在するガンマ型‐酸化鉄(γ-Fe2O3)は磁気テープや磁性流体などに,アルファ型‐酸化鉄(α-Fe2O3)は赤色顔料などに用いられてきた。われわれは化学的合成法を駆使することで,α-Fe2O3やγ-Fe2O3とは異なる結晶構造をもつ酸化鉄,イプシロン型‐酸化鉄(e-Fe2O3)の単相を初めて得ることができた[Adv. Mater., 16, 48 (2004)](図a)。ここで用いた化学的手法とは,ナノメートルサイズ(7 nm)の逆ミセル中で化学反応を進行させる逆ミセル法と,生成したナノメートルサイズの前駆体をガラスで被覆するゾル‐ゲル法を組み合わせたナノ微粒子合成法である。ナノサイズで焼成することで,相変態のさいに,表面エネルギーが寄与してイプシロン相が最安定相として焼結したと考えている(図b)。

このようにして合成されたe-Fe2O3は,室温における保磁力が20 kOeであり,酸化物磁石の中で最大の保磁力を示す。また,e-Fe2O3の鉄イオン(Fe3+)の一部を,例えばアルミニウムイオン(Al3+)といった他の金属イオンで置換することも可能であり,保磁力の大きさなどの磁気特性を自在に制御することができる。このように大きな保磁力をもつe-Fe2O3ナノ微粒子は,粒径が十数ナノメートルまで小さくできるため,次世代用の高密度記録媒体としての応用展開が期待されており,現在企業で研究が進んでいる。

e-Fe2O3のもうひとつの特徴は,ミリ波(30–300 GHz)とよばれる高い周波数の電磁波を吸収することにある。磁石は電磁波が照射されると,歳差運動とよばれる磁化の周期的運動が誘起され,物質固有のある周波数の電磁波が吸収される(この効果はジャイロ磁気効果とよばれる)。無磁場下で起こるこの共鳴現象を自然共鳴とよんでおり,吸収される電磁波の周波数は保磁力が大きいほど高くなる。われわれは2009年にe-Fe2O3が182 GHz(ギガヘルツ)にミリ波吸収することを見出した[J. Am. Chem. Soc., 131, 1170 (2009); Angew. Chem. Int. Ed., 46, 8392 (2007)]。これは最高の周波数である。また,自然共鳴周波数は金属置換によって35 GHzから182 GHzの幅広い領域で制御することができる。現在,e-Fe2O3は,ミリ波を用いた次世代超高速無線通信において,電磁干渉問題に対処するためのミリ波制御材料として大きな役割を果たすことが期待され,複数の企業と研究を進めている。

基礎的研究から出発して,巨大保磁力をもつフェライト磁石であるe-Fe2O3に出会うことができた。現在,基礎・応用の両面からその可能性に関して,国内外の研究者らと議論できるのが楽しいと実感している。

注) 現在,小型モーターに用いられる磁性体の保磁力は 2~4 kOe,磁気記録媒体に用いられる磁性体の保磁力は 3 kOe 程度である。