超深海乱流計VMP-5500

日比谷 紀之(地球惑星科学専攻 教授)

図1

図1:超深海乱流計 VMP-5500 により得られた観測データの一例。VMP-5500 が水深 約 5000 mまで自由降下する間に,本体下部の先端部に取り付けられたシアーセンサー (右上) によって,水平流速の鉛直変化 du/dz (シアー) が数mmの解像度で測定される。この流速の微細構造から乱流エネルギー散逸率を計算することにより,深海における乱流拡散強度を求める。

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表紙写真

表紙写真:超深海乱流計VMP-5500 の投入風景(小笠原諸島沖合)。VMP-5500 の上部の黄色の部分は深海の超高水圧にも潰れない特殊なセラミック製の浮力体である。流速・水温の微細構造を測定する各種センサーはVMP-5500 の下部の先端部分に取り付けられている。

裏表紙写真p

裏表紙写真:超深海乱流計VMP-5500の回収風景 (小笠原諸島沖合)

裏表紙図

裏表紙図:超深海乱流計VMP-5500による観測の流れ (本文参照) とおもりの切り離し条件

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約1500年の歳月をかけて全球海洋を巡る深層海洋大循環は,表層海洋大循環に匹敵する熱輸送を伴い,大気との相互作用を通じて,長期の気候変動を支配している。ところが,数値モデルで再現される深層海洋大循環の強さやそのパターンは,密度躍層内における乱流拡散パラメータの値と空間分布に依存して大きく変化してしまう。これは,密度躍層内の乱流拡散が,表層からの熱を深層に伝達し浮力を与えることで約 20 Sv (1 Sv = 106 m3s–1)に及ぶ深層水を上層に引き上げているためである。将来の気候変動を正確に予測し,それに備えた対応策を講じるためにも,この乱流拡散強度の全球分布の解明は不可欠である。

本稿で紹介する超深海乱流計VMP-5500(表紙写真と裏表紙写真)(空中重量約 160 kg,全長約 3 m)は,約 0.6 ms–1で自由降下しながら(裏表紙図)水平流速の鉛直微細構造を数mmの解像度で計測することで(図1)乱流拡散強度の鉛直分布を明らかにする。VMP-5500には,水温・電気伝導度センサーも搭載しており,海水密度の鉛直構造の情報も同時に取得できる。あらかじめ設定しておいた水深に達すると約 7 kgのおもり2個を切り離す。おもりは測器の側面のホルダーに紐で固定され,紐の片方の端はソレノイドにより支えられている。ソレノイドのコイルに電流が流れると,ソレノイドの中のピストンが動き,支えが外れ,おもりがホルダーから落ちる。おもりを確実に落とすために,以下の通り,条件がいくつも設定されている(裏表紙図)。このうち,条件1,2はユーザーが最大観測時間Tr,最大圧力Prを設定する。条件1~5のうちひとつでも満たされると,ソレノイドのコイルに電流が流れ,おもりがホルダーから落ちる。さらに,ソレノイドが正常に作動しなくなるという最悪のケースに備えて,おもりを支えている紐の接続部分には腐食性の留め具 Galvanic Timed Release (GTR)が用いられている(条件6)。この金具は海水中で張力がかかった状態が,2.5時間(海水温が 24 ℃の場合)~6時間(海水温が -2 ℃の場合)続くと,腐食して溶ける。その結果,おもりを支えている紐の接続がはずれ,おもりがホルダーから落ちる。こうして,おもりが切り離されるとVMP-5500は,やはり約 0.6 ms–1で浮上してくる。この結果,例えば,深度 5500 m程度までの乱流観測の場合,投入から約4時間後に海面まで浮上してくることになる。海面に浮上すると,本体上部に取り付けたビーコンにスイッチが入り,その位置を電波で知らせてくるので,この情報をもとにVMP-5500を見つけて船上に回収する(裏表紙写真と図)。

2010年12月現在,北太平洋の50か所以上において,海面から海底直上までの乱流観測を行った。その結果,深海における乱流拡散のホットスポットが,緯度30°より赤道側の海嶺や海山に局在していることが確認され,空間的に一様な乱流拡散強度を仮定している現在の深層海洋循環モデルへの警鐘ともいうべき観測結果が明らかになった。