ボケを直す補償光学

家 正則(国立天文台 教授,天文学専攻 兼任)

図1

図1:レーザーガイド星補償光学系の構成。観測したい天体のそばにあるガイド星,あるいはレーザー人工星からの光が大気ゆらぎで乱れる様子を波面センサーで測り,高速制御系で可変形鏡を実時間駆動して歪んだ波面を補正し,観測装置に送る。

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図2

図2:(左)1999年にすばる望遠鏡で撮影したオリオン大星雲のトラペジウム領域。(右)2006年に補償光学系をつけて撮影した同じ領域。解像度が10倍向上している。

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表紙図

表紙図:すばる望遠鏡から送信されるレーザーガイド星生成用レーザービーム

裏表紙上図p

裏表紙上図:補償光学による星像の実時間改善の実例。(左)補償光学無しの「裸眼」で撮影した恒星像。直径0.6秒角。すばる望遠鏡の平均裸眼視力は0.6秒角で,世界の望遠鏡の中でも最もシャープな画質を誇っているが,星像を拡大すると,大気ゆらぎのためこのように拡がっている。(右)補償光学有りで撮影した同じ恒星像。直径0.06秒角の回折限界像となっている。中心の点像のまわりに第一回折リングも認められる。

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裏表紙下図(左)

裏表紙下図(左):補償光学系の心臓部にあたる可変形状鏡。直径130 mmの鏡の裏には右図のような配置の188個の電極があり,それらの電圧を高速駆動制御することにより,鏡の表面が光の波長程度の振幅で凹凸して,光波面の乱れを実時間補正する。国立天文台チームによる電極配置の最適化設計をもとにフランスの光学会社で特注製作した。

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裏表紙下図(右)

裏表紙下図(右):マウナケア山頂のすばる望遠鏡(左),ケック望遠鏡(中央),ジェミニ望遠鏡(右)からのレーザービーム三本が交錯する夜景。2009年6月26日,ハワイ観測所布施哲治氏撮影。レーザーガイド星補償光学系は最先端の大型望遠鏡では必須の新技術となっている。互いの観測や上空を通過する航空機などの障害にならないようにレーザー送出には安全策が措置されている。

「瞬く星って,ロマンチックね?」トンデモナイ!無粋な天文学者にはロマンチックは無用。天体からの光が地球大気の温度揺らぎで乱されてしまうのが瞬きの原因である。何億年もかけてやっと望遠鏡にたどりついた光子たちも,携えた情報を最後の一瞬に乱され,さぞ残念がっているだろう。これを救う先端技術を補償光学とよぶ。

ガリレオが直径3 cmの望遠鏡を夜空に向けてから400年,望遠鏡はどんどん大きくなった。望遠鏡の理論的解像力は波長/直径に比例するはずだが,実は大気の瞬きのため可視光での解像力は長い間,改善が無かったのである。

「光波面の乱れを高速測定して,その乱れを直してやれば回折限界の結像を回復することができる」という補償光学の基本アイデアは, H.バブコック(Horace Babcock)が1953年に発表した。技術の発展に伴い,補償光学は1990年代に天文学で実現し始めた。すばる望遠鏡でも,第一世代の36素子補償光学系の製作経験を活かして,科研費特別推進研究により第二世代188素子の補償光学系を2006年に完成した。

補償光学系は光波面のゆらぎ分布をKHzのレートで測る波面センサーと,波面ゆらぎをうち消す可変形鏡からなる。第一世代の補償光学系では, 12等星より明るいガイド星のそばでしか使えなかった。第二世代では,近くにガイド星がない天域でも補償光学系で観測できるよう「レーザーガイド星生成装置」も製作した。これは高度90 kmにあるナトリウム原子層にナトリウムD2線(波長589 nm)で発振するパワーレーザーを照射し,ナトリウムを励起して光らせることにより,ガイド用の「人工星」をすばる望遠鏡で観測したい方向に発生させるという,トンデモナイ装置である。システムの構成要素は前例の無いものばかりで,理化学研究所,三菱電線,イタリアとフランスの光学会社などと試作・共同開発した。光学系,制御系,レーザー装置の製作とすばる望遠鏡への実装は,本研究科で学位を取得したメンバー5名を中心とする10数名のグループが10年がかりで行った。

2006年の試験観測で,すばる望遠鏡は近赤外線での回折限界を達成し,それまでの「裸眼」の10倍,ハッブル宇宙望遠鏡の3倍の視力を達成した。「人工星」発生装置と連動した本格的運用は2011年春から開始する予定で最終調整を進めている。

「大気さえ無ければ」との思いから打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は,全体で一兆円以上の経費がかかった。さらに進化した補償光学系を備えた次世代30 m級望遠鏡はその10%程度の予算で建設可能であり, 10年後に実現すれば予想を超えた宇宙の姿を見せてくれるだろう。