アト秒レーザー

山内 薫(化学専攻 教授)

図1

図1:強レーザー場中によって誘起されたメタノール分子の3体クーロン爆発過程(CH3OH3+→H++CH2+ + OH+)における,クーロン爆発直前のプロトン(H+)の分布。左側の分布は,プロトンがCH3+側に位置していること,右側の分布はプロトンがOH+側に位置していることを表している。

図2

図2:高次高調波発生過程により発生されたアト秒パルス列の電場波形。(Y. Nabekawa et al., Phys. Rev. Lett. 97, 153904, 2006)(上)アト秒パルス列の電場波形。(下)実験で得られたアト秒パルス列の時間強度波形。

表紙写真

表紙写真:アト秒パルスを,高次高調波発生過程を用いて発生させるために用いられる超広帯域極短パルス光発生装置。
希ガスを充填した中空ファイバーに高強度フェムト秒レーザーパルスを伝搬させることにより,自己位相変調が誘起され,スペクトル幅が広がり,2~3光学サイクルの極短パルス光が発生できる。図では,右方向から光が入射し,徐々にスペクトルが広がり白色光に近づいていることがわかる。

ストロボ写真によって物体の運動がコマ撮りされるのと同じように,超短パルスレーザーは,高速で起こる現象を追跡するために活用され,今日では,分子の振動運動の周期に相当する 100 fs [1 fs (1 フェムト秒)は 1x10-15 s]の時間分解能で,分子の結合の切断過程を実時間で追跡することが可能となっている。近年の超短パルスレーザー技術のさらなる発展は,高次高調波を発生する技術を利用して, 100 as [1 as (1アト秒)は 1x10-18 s]の時間幅の光パルスの発生を可能とした。可視光の1周期は1フェムト秒程度であることを考えれば,100 asパルスが極限的に短い時間であることが分かる。人類は,分子内を高速で動き回る水素原子や,光吸収や化学変化のさいに結合が作られたり,切断されたりする際に動き回っているはずの電子の追跡を可能にする,きわめて高い時間分解能をもつ計測手段を手に入れたのである。われわれは,このアト秒領域のパルスを発生させることによって,究極の時間分解能で,分子内で起こる化学結合の組み換え過程や原子・分子内の電子の動きを追跡することを目指している。(図1)

強いレーザー電場に原子・分子が晒されると,トンネルイオン化が誘起される。レーザー電場は交番電場であるため,トンネルイオン化を起こした電子はレーザー電場によって逆向きに加速されイオンコアに衝突する。このさいに,高次高調波とよばれる高エネルギー(短波長)の光が発生する。この電子の再衝突の瞬間はきわめて短いため,この短波長光は100 as オーダーのパルス幅をもっている。高次高調波の発生は,光の1周期(800 nmの超短パルスレーザーを用いた場合は2.7 fs)で2回起こるため,多数の光学サイクルから構成されるレーザー光を高次高調波発生に用いた場合には,アト秒のパルス列が発生する。(図2)

しかし,超高速現象を実時間追跡するためには,パルス列ではなく,単一のアト秒パルスの発生が望ましい。そのためには,まず,最初に用いるレーザー光の光学サイクルを数サイクルしか含まれない超短パルスとする必要がある。数サイクルパルスの発生は,レーザー光を,希ガスを充填した中空ファイバーを伝搬させ自己位相変調を引き起こすことによって可能となる。パルス幅が時間的に短くなるために,エネルギーの不確定性が大きくなり可視領域をカバーする広い範囲の波長をもつ光となっている。(表紙写真)

そして,電子のイオンコアへの再結合回数を1回に制限するためには,さらに,レーザー電場の包絡線に対する交番電場波形の相対的な位相(搬送波位相)をロックする技術が不可欠となる。つまり,この搬送波位相を選べば,レーザーパルス内の波をサイン関数の形にしたり,コサイン関数の形にしたりすることができる。この搬送波位相の制御は,搬送波位相の検出技術の開発および搬送波位相のずれを最小化する技術の進展によって可能となった。われわれの研究室では,搬送波位相がロックされ,かつ,パルス幅が6 fs程度の数サイクルパルスの発生を行い,単一アト秒パルスによる実時間計測に取り組んでいるところである。