星の話

河野 孝太郎(天文学教育研究センター 教授)

 

「星」といっても,自己重力と圧力勾配が釣り合った力学平衡状態にあって水素の核融合反応により高温状態を長時間にわたり維持して自ら輝く天体の話ではない。少々脱線して,今回は囲碁に登場する星の話からはじめてみたい。

碁盤には,九つの星が輝いている。その1箇所に黒石を打った状態を図(左)に示す。囲碁は,誤解を恐れずに単純化して言えば,黒と白とに別れた陣取り合戦であり,いかに効率よく,19路×19路の盤面上を占めていくかが問われる。星に打つことは,その方面における領有権を足早に主張するものであり,スピードを重視する現代的な布石法に欠かせない。いっぽう,星には,その内側に容易に潜り込まれ得るという弱点がある。その例を図(右上)に示す。 この結果はどう判断されるであろうか。白は右上隅に幾ばくかの陣地を確保するいっぽう,黒は,(現時点で確定した陣地はなきに等しいが)外側に向かって豊かな発展性を得た。したがって,とくに序盤の段階で,星に対してすぐ内側に潜り込み,わずかな実利を確保して満足するような打ち方をしてはならない。・・・これが,私が囲碁を学んだン10年前,いや,ほんの数年前までの常識であった。囲碁AI,とくにアルファ碁の登場は,これを衝撃的な形で 覆した。アルファ碁の実戦で登場した形を図(右下)に示す。 星に対して白がただちに内側に入り,実利を占めたかと思えば,○で示される着手により,今度は外側の黒の一団に襲いかかるという,超攻撃的な打ちまわしが,序盤に登場するようになったのである。

   
図 :(左)星に着手した例。(右上)従来の常識的な進行例。(右下)囲碁AIアルファ碁による新しい発想。

こうした囲碁AI研究の驚くべき成果は2016年・2017年に相次いでNature誌に論文として発表されており(1)(2),実際に目を通してみた方もいらっしゃるであろう(私は解説書(3)のお世話になったが)。画像認識でお馴染みの畳み込みニューラルネットワーク(CNN)が,碁石の配置の特徴検出に使われているが,アルファ碁では(最初の階層を除き)わずか3×3という狭い範囲のフィルターを用いた畳み込みを13回くりかえすことで,盤面を広く見渡した大局的な特徴検出・評価も行っている。局所から大局まで見渡す人間の視点に通じるところが感じられ,面白い。この畳み込みを行うレイヤーのフィルターの取り方などを,天文学において,銀河の形態分類を行うCNNの論文(たとえば(4))と比較してみると,そっくりと言ってよいレベルで似ていることにも驚かされる。いや,どちらも原理的には画像認識なので,似ているのは当然なのではあるが, こうした考え方が,片や盤上に煌めく星たち(碁石)に, 片や遥か彼方に輝く星たち(銀河)に,それぞれ適用できるとは,なんと面白いことか。

アルファ碁の研究成果は,過去何世紀にもわたって数多くの天才たちが築き上げてきた「定石」を覆す新しい考え方をもたらし,常識の奥に,実はさらに広大な新世界が存在することを示してみせた。こうした革命が,天文学においても起こる可能性はあるのだろうか。深層学習の天文学への応用に関する論文数はここ数年で激増しており,そのテーマも,面輝度の低い銀河における潮汐構造の検出,電波画像の形態分類,測光赤方偏移の推定,変光星,超新星,重力レンズ探査,X線銀河団の質量,さらには宇宙再電離まで,急拡大の一途である。いっぽうで,これは単に私の不勉強かとも思うが,時間さえかければ人間がやっても同じ結果になる解析を,とにかく膨大なデータに対して効率的に行う,という内容のものが多いと感じている。アルファ碁の成果を多角的に享受しつつ,この新たな研究の潮流に,ALMA望遠鏡経由でどう殴り込もうか,こっそり思案していることはまだ内緒である。

参考文献
(1) David. S.et al ., Mastering the game of Go with deep neural networks and tree search, Nature , 529,
484(2016)
(2) David. S.et al ., Mastering the Game of Go without Human Knowledge, Nature , 550, 354(2017)
(3) 大槻知史「最強囲碁AIアルファ碁解体新書・増補改訂版アルファ碁ゼロ対応」翔泳社(2018)
(4) Dieleman. S.et al ., Rotation-invariant convolutional neural networks for galaxy morphology
prediction,MNRAS , 450, 1441(2015)

 

理学部ニュースではエッセイの原稿を募集しています。自薦他薦を問わず,ふるってご投稿ください。特に,学部生・大学院生の投稿を歓迎します。ただし,掲載の可否につきましては,広報誌編集委員会に一任させていただきます。
ご投稿は rigaku-news@adm.s.u-tokyo.ac.jp まで。

理学部ニュース2019年1月号掲載

 

理学エッセイ>

  • このエントリーをはてなブックマークに追加