歴史を刻み
「新しい理学部をつくる」広報誌の意義
横山 広美(国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構/ 学際情報学府 教授)


理学部ニュース50年を心からお祝い申し上げる。長い間の弛みない発刊には,関係者の皆様の想像を超える甚大なる努力があり,心から敬意を表したい。僭越ながら本稿を承った私は,2007年に広報室に着任して10年間,編集委員会に同席をさせていただいた。専攻の異なる教員,事務員が集う編集誌委員会の活動は楽しく,2014年には編集委員の広報室・武田加奈子さんが担当された誌面の全面改訂を楽しくサポートさせていただいた。着任当時の編集長・牧島一夫先生のも と,初回からのすべての理学部ニュースをPDF 化する事業が行われ,現在はネットで読むことができるのはたいへんありがたい。横山央明編集長時代は新しい企画が次々と誕生し,とくに,昔の記事や資料を発掘した「温故知新」はとても面白かった。安東正樹編集長のいまは,冒頭のエッセイを毎号,楽しみにしている。

思えば在籍した10年の間にもいろいろなことがあった。喜ばしいこととしては卒業生である南部陽一郎先生(2008年11月号)や梶田隆章先生(2015年11月号)のノーベル賞受賞があり,かたや「事業仕分け」による負の影響を懸念する」(2010年1月号),また東日本大震災関係記事特集(2011年5月号)などがあった。時代の変化の波を受けながら,理学部ニュース編集委員会は粛々と,理学部の良心を形にし,共有しながら歴史を刻んできた。そのときどきの記事を読み返すと,執筆者である理学部の構成員が何を考え,悩み,喜び,どう行動したのかが分かり,その時々の真摯な対応に頭が下がる思いでいる。

理学部ニュースは「理学部弘報」として1969年に発刊している。本部広報課が発刊する「学内広報」 も同年の刊行で,その理由は前年に世界的におき た革命で,東大も大きく揺れていたことによる。 理学部弘報の発刊理由を,久保亮五理学部長は以下のように述べている。

「知らないこと,知らされないことからくる不安は,次々に困難を拡大する要素となる。この弘報は,理学部の中に風を通すひとつの助けとして始めるものである。いまのところ,はなはだ無味乾燥な記事的なものにすぎないが,しかしそれで もこの仕事を引受けて下さる方々の労は小さいものではない。理学部の皆さんの協力によって,これがやがて新しい理学部をつくるひとつの力にまで育ってゆくことを望みたい。」

理学部弘報はつまり,内部向け情報共有誌として始まった。久保先生はその重要性を指摘するに留まらず,「やがて新しい理学部をつくるひとつの力」にまでなってほしいと,指摘されている点に深い感銘を受ける。執筆者は構成員。編集委員会による企画・編集を通して,理学部ニュースは理学部の姿を形つくる。多くの組織で広報誌は外部向け広報のため作成されるが,その作業は意図せずとも内部の情報共有を促し,自らのあるべき姿を思索することにつながるのだ。

1969年は科学史や大学論でも区切りの年でもある。それまでの単純な科学礼賛から,公害問題を経て,科学技術の社会における在り方が問われ始めた。それから50年,科学者には科学の質管理や製造責任に加えて,社会への応答責任が期待されている。今の時代の困難は,即効性のある経済的 役立ちを求められることである。しかし好奇心を基にする基礎科学の価値は変わらない。この時代の風をどのように受けて,守るべきものを守り, 変わるべきを変わるとするか。理学部ニュースが考える拠り所となり続き,常に新しい理学部をつ くっていただきたいと心から願っている。


図:在籍中に編集された特別記事から「時代の移り変わり」 を振り返って。(左)震災特集号にて,地球惑星科学専攻の井出哲准教授(当時)による「東北地方太平洋沖地震の概要」(2011年5月号),(中) 梶田隆章先生のノーベル物 理学賞受賞特集記事(2015年11月号),(右)「『事業仕分け』による負の影響を懸念する」(2010年1月号)


理学部ニュース2019年1月号掲載



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