スーパースター細胞を超高速に発見する
合田 圭介(化学専攻 教授) |
新田 尚(化学専攻 客員研究員) |
大量の細胞の中からスーパースター細胞を見つけて解析するには,どうすれば良いか?細胞をひとつずつじっくりと観察して,これだというものを取り出せばよい。しかしながらこの単純な発想を,実際に行うのはなかなか難しい。まず,数万個~数億個にひとつといったひじょうにレアな細胞を見つけるためには,通常の顕微鏡などで細胞をひとつ一つ観察していてはまず追いつかない。 また,スーパースター細胞を見極めるためには細胞のどの特徴を観察して,どのように識別したらよいかも分からない。また,見つけた細胞を多数の細胞の中から精度よく高速に取り出すことも容易ではない。われわれは国内外の総勢200名以上の研究者が参加する研究プログラムを推進し,これらの課題ひとつ一つに対処して,多岐の学術分野にわたる最先端の科学技術を融合した装置技術の開発に取り組んだ。
多くの研究者の努力の結果,髪の毛ほどの太さの微細流路の中に多量の細胞を高速に流して1秒間あたり100個の細胞の蛍光画像を取得し,その画像をdeep learningで解析して欲しい細胞を識別し分取する,細胞検索エンジンiIACSの開発に成功した。細胞検索エンジンの目にあたる検出系には,スマホやパソコンなどでわれわれの日々の生活を支えている情報通信技術を応用して開発された世界最高速の共焦点顕微鏡を応用した。画像データの信号処理は計測対象となる細胞に柔軟に対応できるように汎用コンピュータ上で動くソフトウェアとして実装し,これでリアルタイムでの細胞分取を行うために10ギガビットイーサーネットを活用した画期的なアーキテクチャを採用した。所望の細胞を取り分ける部分では,名古屋大学のチームが開発したデュアルメンブレンポンプ方式を採用して,高速に流れる細胞を精度よく取り分けることに成功した。さらに東京大学医学部, がん研有明病院,京都大学などの共同研究先にご提供いただいた細胞サンプルを用いた評価実験を行い,血栓症やがんなどの医学研究や,光合成のメカニズム解明など,多様な用途に対してこの装置が有用であることを確かめた。
図:細胞検索エンジンは大量の細胞をひとつずつ撮像し,画像を深層学習(deep learning)で解析した結果に応じて細胞を高速に分取する装置である(左)。これを用いて,オイルを大量に生産するスーパー藻類細胞(右上)や,疾患の目印になる血液中のレアな細胞(右下)などを探索する研究を行っている。 拡大 | |
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本研究は, N. Nitta et al., Cell 175, 1 (2018)に掲載された。この発展研究は今も継続して進めており,より高速に,より多くの情報に基づいて細胞を選別するための機能向上を続けている。さまざまな生命は個性に富んだ多種多様な細胞によって支えられている。 人類はこれまで,顕微鏡やフローサイトメーター,遺伝子シーケンサーなどさまざまなツールを開発し,次々と新しい細胞を発見してその機能を解明することで, 生命についての理解を深めてきた。 さて,細胞の中にはひじょうにレアだがきわめて重要なスーパースターが存在し, われわれの体内などで重要な役割を果たしている。 しかしその発見は多数の研究者の幸運や偶然に支えられているのが現状である。 われわれは大量の細胞を網羅的に解析し分類する手法を開発することでこの限界に挑んでいる。 スーパースター細胞を超高速に発見する 細胞研究への応用展開も進めており,その一環で国内 外の研究者に開発した装置を公開する取り組みも行っている。さらにこの技術の事業化を推進するために株式会社CYBOを起業した (http://cybo.jp)。本技術を 世界中の研究者に届けることで科学や産業の発展に寄与できれば幸いである。
理学部ニュース2018年11月号掲載