無限に広がる海のサイエンス

日比谷 紀之(地球惑星科学専攻 教授)

「海洋学」は,海流などを研究する海洋物理学,海の生き物を対象とする海洋生物学,海洋開発の手法を考察する海洋工学,海洋の利用や管理に関する法学など,さまざまな分野が関連している総合科学である。その中でも,私たちの研究室では,海洋物理学上の最大の不確定要素として長く残されてきた「深海乱流」のメカニズムを解明することで,海洋学におけるブレークスルーを目指している。

         
   時空間スケールが著しく異なる深海乱流と深層海洋循環とが強くリンクしている!

海の深層部で起こる全球的な海水循環のことを深層海洋循環とよぶ。これは,北大西洋北部や南極海で冷やされて重くなり深層に沈み込んだ海水,いわゆる深層水が,約1500年かけて海底を這うように全球を巡り,最終的に北太平洋やインド洋などで表層に上昇した後,極域に戻っていくという,あたかもベルトコンベアーのような地球規模の海洋循環のことである。冷たい深層水は,海洋表層から乱流の効果で鉛直下方に伝えられた太陽熱によって温められ,浮力を得ることで表層まで湧昇する。乱流は,おもに潮汐流によって動かされた海水が海嶺や海山列にぶつかることで発生している時空間スケールの小さな現象であるが,実は,このように時空間スケールの著しく大きな深層海洋循環と強くリンクしているのである。潮汐流の主要なエネルギー源は月であることを考えると「深層海洋循環は月が起こしている」 といってもよいのかもしれない。この観点から,私たちは,海底地形,海水密度分布,潮汐流のデー タなどをもとにさまざまな数値シミュレーションを実施するとともに,鍵となる乱流ホットスポッ トにおいては最新の投下式乱流計VMP-Xを用いた観測を実施し,理論的予測と観測による検証をくりかえすことで,全球の乱流強度分布の定量化を目指している。

乱流のようなマイクロスケールの情報から深層 海洋循環の実態を解明していくことは,今後の地球環境変化の予測や海洋生態系の応答を予測する上で不可欠な課題であり,将来の海洋生産や生物資源のアセスメントにも資するものである。たとえば,海洋の表面で植物プランクトンが光合成をして,その死骸がマリンスノーとなって深層に落ち込むと,海洋表層の栄養塩が枯渇してしまい,生物生産の抑制に繋がるが,深層海洋循環は,この深層に落ち込んだ栄養塩を海洋表層に戻す役割を果たしている。また,低緯度から高緯度へのグローバルな熱輸送を伴う深層海洋循環の解明は,高精度な長期気候・海洋環境変動の予測・復元を可能とし,将来および過去における海洋物質循環像の確立にも大いに貢献する。

上述したように,海洋は地球というシステムを維持し,水産や海洋鉱物資源などの恵みを人類にもたらすいっぽうで, 2011年の東日本大震災の巨大津波のような大きな災害や,海洋開発をめぐる国際的な諸問題の源であるなど,今後,私たちが解決すべき課題を多くはらんでいる。現在,私が機構長を務めている「東京大学 海洋アライアンス」(2007年に設立された全学機構)では,学内の海洋に関する理学・工学・農学・社会科学など,さまざまな分野の250名以上の研究者を集結させ,このような社会から要請されるさまざまな 海洋関連課題について幅広い視点から問題解決志 向的な研究を進めるとともに,分野横断研究のフロンティア開拓に尽力している。

理学部ニュース2018年11月号掲載

 



1+1から∞の理学>

 

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加