理学部紹介冊子
世界初!海綿と共生する新属新種のイソギンチャク
泉 貴人(生物科学専攻 博士課程3年生) |
イソギンチャク類は,刺胞動物門花虫綱イソギンチャク目に属する生物の一群である。有名な生物であるにもかかわらず,その分類は混乱し,未記載種※の発見が絶えない。2006年,東京大学の三崎臨海実験所の前の磯で,不思議な海綿動物(以下カイメンと表記)が発見された。何と,中から刺胞動物のものらしい無数の触手が生えていたのだ(図a)!我々の研究グループは,その触手の持ち主(図b)に関して分類・生態学的研究を行った。
その結果,本種はイソギンチャクの仲間であり,ムシモドキギンチャク科の未記載種であることが判明した。ムシモドキギンチャク科は,イソギンチャク類の中でもとりわけ特殊な細長い形態をもち,砂などに潜って棲息するグループである。しかし本種は,本科のいかなる属にも当てはまらない特徴を複数有するだけでなく,生息環境もカイメンの中というきわめて特殊なものであった。よって,我々は本種を新種テンプライソギンチャクTempuractis rinkai sp. nov. として記載し,同時に新属Tempuractis gen. nov. を設立した。和名は,カイメンに包まれた姿を海老の天麩羅に見立てて名付けている。
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図:テンプライソギンチャクTempuractis rinkai 。a:カイメンの中のコロニー。 b:1個体の拡大図。c:両者の接合部を電子顕微鏡(TEM)を用いて拡大した図。 |
さらに,我々はカイメンとイソギンチャクの生態および形態に注目した。電子顕微鏡を用いた組織学的観察の結果,イソギンチャクの体表の繊毛の束(図c)がカイメンの表面の窪みにアンカリングすることで,両者が強固に結合していることが推察された。また,自然下および短期飼育下における観察によって,この両者は自然界では必ず一緒に棲息していること,イソギンチャクが刺激を受けた時にカイメンの中に身を隠すこと,カイメンの天敵であるウミウシの1種がイソギンチャクの周りだけ捕食をしないこと,さらにイソギンチャクがカイメンを貫通して岩への付着を補助していることなどが相次いで観察されたため,両者は双方向的に利益を享受している「共生」関係にあることが強く示唆された。
テンプライソギンチャクの宿主のカイメンは同骨海綿綱という分類群に属しており,本グループは,組織を分化させない海綿動物において例外的に上皮をもつというきわめて珍しい特徴がある。この綱の海綿が他の多細胞動物と共生している例は,今まで一切知られていなかった。そもそも,海綿動物の中に棲むイソギンチャクは,これまでSpongiactis japonica Sanamyan et al. , 2013の1種のみしか発見されておらず,詳細な共生生態の考察はなされていなかった。したがって,我々の研究は海綿動物とイソギンチャク類の共生を生態・形態的に考察した世界初の例となった。
本研究成果は,Izumi et al., Zoological Science 35(2),188–198(2018)に掲載された。
※ 世間一般に「新種」と称される,名前の付いていない種のこと。生物学的には,新種記載論文が出版されて,初めて正式な新種として認められる。
理学部ニュース2018年月号掲載