生殖ゲノムと動く遺伝子とpiRNA軍拡競争

塩見 美喜子(生物科学専攻 教授)

 



動く遺伝子として知られるトランスポゾンは,ゲノムに潜む外来性遺伝子で,ゲノム上を気ままに転移する。そして,この利己的転移はゲノムに変異をもたらす。変異と一口にいっても生命にとって有難い変異もあり,実際,われわれ生物は進化の過程上,その恩恵を被って来たとされる。が,遺伝情報を次世代に受け継ぐ生殖ゲノムに生じる変異の多くは,不稔を導く。運よく不稔を免れたとしても,子孫は異常な表現型を示す。よって,ヒトを含め有性生殖を伴う生物は,トランスポゾンを「非自己」として認識し,その転移による変異から「自己」の生殖ゲノムを守る仕組みとしてpiRNA*1 機構を獲得した。

   
piRNAクラスタの転写産物から生成したpiRNAはPIWIたんぱく質と複合体を形成し,トランスポゾン転写産物に作用することによってトランスポゾンを抑制する。

拡大

ゲノムにはトランスポゾンの断片を積極的に集積させる場所がある。これは「トランスポゾンの墓場」と揶揄されるが, piRNAは,この「トランスポゾンの墓場」から生み出され,「親」に相当する活きたトランスポゾンの発現を抑制する。新奇トランスポゾンが生殖細胞に侵入すると「トランスポゾンの墓場」はその断片を取り込み,新たなpiRNAを生んで,そのトランスポゾンの発現を抑える。動く遺伝子とpiRNA軍拡競争は,生殖細胞で常に起こっている。

2012年,われわれはZucchiniと名付けられたRNA切断酵素がショウジョウバエpiRNA生合成に必須であることを見出した。 その機能はマウスにおいても保存されている。Zucchiniはカイコ蛾においても保存されているか。この素朴な疑問に答えるべく,われわれはカイコ蛾卵巣由来生殖細胞株BmN4を用いた実験を開始した。恒温器で継代可能な生殖細胞株はBmN4以外には存在せず,その希少価値はひじょうに高い。

この最初の問いに対する答えは「Yes」であった。この結果と解釈は実験の連鎖を生み,われわれは最終的にpiRNA生合成の新規モデルを提唱するに至った。piRNA機構の生物間の保存性と多様性も明らかになった。保存性はZucchini機能に,多様性はフェーズpiRNA*2 への依存性にあらわれた。 ショウジョウバエやマウスのフェーズドpiRNAは転写*3 レベルでトランスポゾンを抑える。カイコ蛾はこの抑制経路をもたず,よってフェーズpiRNAを作らないというわれわれの発見は理に合っているといえる。つまり,カイコ蛾piRNA機構は,全体的にショウジョウバエのそれにくらべ, より単純であるということである。その理由は不明である。また,トランスポゾンを転写抑制する生物としない生物の存在理由も不明である。この新しい研究テーマはどのように料理しようか,と思考するのも研究者の醍醐味のひとつである。

本研究成果は, Nishida et al. , Nature 555, 260-264 (2018) に掲載された。

(2018年3月1日プレスリリース)

*1 piRNA機構:生殖組織特異的に発現する小分子RNAであるpiRNAが中核となって起こる遺伝子発現制御機構。piRNAはPIWIタンパク質と複合体を形成してはじめてその機能を発揮できる。
* 2 フェーズドpiRNA:piRNA前駆体の5’末端から段階的に切り出されてできる一群のpiRNA。
* 3 転写:ゲノム上の遺伝子を鋳型としてRNAを合成する反応。



理学部ニュース2018年5月号掲載



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