生物科学専攻

寺島 一郎(生物科学専攻長/生物科学専攻 教授)


生物学のメッカ:生物科学専攻と生物系3学科

2014年4月,旧生物科学専攻と生物化学専攻とが統合し,新しい生物科学専攻となった。1学年の定員が修士課程84名,博士課程44名,大学院課程教員(講師以上)は兼担・兼任教員なども合わせると約100名を越える大所帯である。専攻基幹講座などの教員が,生物学科(1学年定員24名),生物化学科(20名),生物情報科学科(12名)の3学科を担当している。

簡単に歴史を 

旧生物科学専攻の前身は,1877年に東京開成学校と東京医学校が合併し東京大学が誕生すると同時に設置された理学部生物学科である注1。その70~80年後,ワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見(1953年)などを契機とした生体分子の物理・化学や分子生物学の発展により生物学は大きく変化した。この流れに対応すべく,1958年に生物化学専攻・生物化学科が設置された。さらに,近年のシステム生物学注2,バイオインフォマティクス注3の隆盛を先取りし,2007年4月に生物情報科学科が設置された。これも日本はもとより世界的に見ても素早い対応といえる。このように理学系研究科・理学部は,絶妙のタイミングで生物系の新専攻・新学科をつくってきた。

いっぽう,大局的に見ると,ゲノムなどの共通言語や分析技術の革新によって生物科学の諸分野の垣根は取り払われてきた。両専攻は,2002年度からの文部科学省21世紀COEプログラム「個を理解するための基盤生命学の推進」や,2007年度からのグローバルCOEプログラム「生体シグナルを基盤とする統合生命学」に共同で取り組むことで次第に歩みより,大学院入試の共通化などの過程を経て,2014年4月からひとつの専攻となった。長い歴史をもつ両専攻の文化を尊重しつつ,新しい生物科学を推進する枠組みができたのである。新専攻が生物学の「ブレークスルーの発信源」であり続けるよう,全員で努力したい。

注1: 設置当初は一ツ橋,本郷に移転するのは1881年である。1886年に生物学科は動物学科と植物学科に分かれ,植物学科は1897年に小石川植物園へ移った。1934年に理学部2号館が竣工し植物学科も本郷キャンパスに戻った。1939年には人類学科が設置された。戦後も動・植・人の3つのコースは独立して研究・教育を行い,大学院も3専攻だった。この3専攻を3大講座とし,進化多様性大講座を加えて生物科学専攻となったのが1995年である。 
注2: 生命を「システム」として捉え,遺伝子やタンパク質など個別の要素と生命現象のダイナミックなふるまいである全体との関係を,数理モデルなどを使って解明する学問分野。
注3: 生命を情報として捉え,生命科学の膨大なデータを解析するための情報科学的な手法を開発し,生命現象の背後に潜む法則性や規則性を見つけ出す学問分野。



駒場生の進学選択に向けた生物系3学科の紹介

DNAの二重らせん構造の解明後の分子生物学の発展,さらにここ20年ほどの情報科学や分析技術の革新による生物学の変容は目まぐるしい。駒場の1,2年生にとって現代の生物学の動向をとらえるのは 難しいだろう。しかも,学内には多くの生物学関係の学科がある。ぜひ,理学部生物系3学科を選んでほしい。各学科のHPから,駒場の1,2年生向けパンフレットがダウンロードできるので利用してほしい。

生物学科


生物学科

学部生は生物学科のことを「りなま」とよんでいる。駒場生もそうよんでいるようだ。この呼び名のとおり,生物学科では「生きた」生命現象を対象としている。

細菌からヒトまで,すべての生物を貫く普遍的な生命の原理があるいっぽうで,生物現象には多様性もある。新しい生物種や生命現象の発見も続いている。何が生物に普遍性をもたらし,そして何が多様性をもたらすのか,そのメカニズムを問うhow疑問,さらに進化シナリオを問うwhy疑問と生物学の課題は多い。「りなま」では,分子レベルから生態系レベルにいたる幅広いスペクトルをもつ教育を通して,このようなhow疑問やwhy疑問を正確に発する力,その疑問に果敢に挑む力を養おうとしている。「なま」に触れるという意味で,主として基礎生物学を学ぶ学生は,理学系研究科附属の植物園(小石川本園,日光分園)や臨海実験所(神奈川県三崎)で長期間の実習,勝浦,日光,富士山,西表島などで,系統分類学・生態学の野外実習を行う。主として人類学を学ぶ学生は,長野県地獄谷で行うニホンザル観察,北海道礼文島で行う遺跡発掘などの野外実習や,医学部における人体解剖実習を経験する注4。学科は1934年竣工の理学部2号館にある。

注4: 遺跡の人骨や,ホルマリン漬けの人体は「なま」ではないが・・・。 


生物化学科


生物化学科

「せいか」という略称でよばれている。「せいか」の特徴は,Department of Biophysics and Biochemistryという英語名からも分かるように,生命現象を生物物理学や生物化学を駆使して理解しよう,物理と化学を道具として生物と向き合おう,という研究姿勢にある。教員は,生命科学のブレークスルーは基礎研究からしか生まれないという強い信念をもち,生命現象の根本的な原理を解明する基礎研究を世界最先端レベルで推進している。生物の示す現象を単に記述するだけではなく,その背後に潜む仕組みを分子レベルで徹底的に解明している。

分子生物学の「分子」とは,遺伝子DNA,RNA,あるいはタンパク質などの生体高分子化合物で,生命体をつくるユニットである。3年生は半年間,午後すべての時間を使ってこれらの「分子」の取り扱いに習熟し,「せいか」のエキスパートとなる。後半は,大腸菌,ショウジョウバエ,線虫,ゼブラフィッシュ,マウスなどのさまざまなモデル生物を用いて,分子レベルから個体レベルにわたる最先端の研究を体験する実習が行われる。4年生は各人の希望する研究室で卒業研究を行う。

生物情報科学科


生物情報科学科

「せいじょう」という略称でよばれている。「せいじょう」では,生命システムを生命科学(wet)と情報科学(dry)の両面から解明すべく,バイオインフォマティクス,システム生物学,ゲノム生物学,オーミクス注5などの最先端の研究が行われている。学部教育においては,実験(wet)と情報(dry)両方の知識や技術の体得を通して,生物情報分野で幅広い視点をもち世界をリードする人材育成を目指している。駒場の4学期には,情報科学科の学生とともに情報学の基礎を学びつつ,wetとdryの基礎の講義を履修する。学部進学後3年生前半は学科独自のdryの実習を行うとともに,「せいか」と合同でwetの実習が行われる。3年生後半は,バイオインフォマティクスの演習にたっぷりと時間を割く。4年生は研究室に配属され卒業研究を行う。なお,生物情報科学科は理学部3号館にあるが,情報理工学系研究科や柏の新領域創成科学研究科に所属する教員も積極的に教育に関与している。充実した教員陣容も「せいじょう」の特徴のひとつである。

注5: 遺伝子情報genome, 転写RNA transcriptome, タンパク質proteome, 代謝産物metabolomeなどのように,生命現象をある共通の分子群からとらえて,それらの相互関係の解析を通して情報と機能との関係の解明を目指す学問分野。

※写真:貝塚純一

 

生物学を志す人へ

生物学を志す若い人には,単に生物学の知識を増やすだけではなく,生物学がどのように発
展してきたのか,その契機となる研究はどのような発想で行われたのかを学び,疑問を発する力や,学問の新局面を開拓する力をつけてほしい。新しい課題を自ら見出し,その解明のために新たな手法を編み出したり,新しい生物を使って研究の舞台を創ったりすることが基礎研究の醍醐味なのである。「なるほど」と共感する学生諸君は,生物科学専攻や生物系3学科に向いている,と思う。

最近,課題(mission)達成型の「役に立つ」研究を推進せよという圧力が強まっている。いっぽう,生物科学専攻の教員の多くは,好奇心にしたがって基礎を究めるという姿勢(興味先行型,curiosity-driven)を貫いている。このアプローチは一見回り道のように見えるかもしれない。しかし,真に人類に役に立つこととは,こうして探求した深い真理以外にはあり得ないのである。


最近の研究から

生物科学専攻の研究成果の多くはプレスリリースされ,理学系や専攻のHPに掲載されている。理学系研究科には,多様性生物学の最前線である植物園と臨海実験所がある注6。生物科学専攻としてもこれらの施設との連携をさらに強め,多様性生物学にも力を注ぐ計画である。これらの施設の新任教員の研究を紹介しよう。「せいか」と「せいじょう」からも最近の成果の一端を紹介する。

新たな絶対送粉共生系の発見  

被子植物は動物にうまく花粉を運ばせている。植物と送粉者の関係の中でもひときわ注目される系が,植物が送粉の見返りに種子を送粉者の幼虫の餌として提供する絶対送粉共生系である。この4月に植物園に教授として着任した川北篤さん注7らは,コミカンソウ科の約500種の植物とそれらの種子を特異的に食害するハナホソガ属のガとの間に新しい絶対送粉共生を発見した。ハナホソガのメスは口吻を使って雄花で能動的に花粉を集め,それを雌花の柱頭にこすりつけた後産卵する。孵化した幼虫は果実内の一部の種子のみを食べ,残された種子が植物の繁殖に使われる。コミカンソウ科における絶対送粉共生系の記載は,イチジクとイチジクコバチ,ユッカとユッカガの系に次ぐ3例目で,およそ100年ぶりのことである。この絶対送粉共生系はこれまでに明らかにされた2例に比べてはるかに奥が深い。あっと驚くような生物間相互作用の新発見が続くだろう(図1)。

   
図1. コミカンソウ科ウラジロカンコノキの雌花に花粉をつけるハナホソガ。まず,雄花で花粉を集め、写真のようにして雌花の雌しべに花粉をつける。この後、産卵管を差し込んで卵を産む。

 

注6: 臨海実験所は1886年設置。現在は神奈川県三浦市三崎にある。小石川植物園は開学と同時1877年に設置された。もっとも植物園の前身は小石川御薬園であり,その歴史は徳川吉宗の時代までさかのぼる。植物園には1902年に設置された日光分園もある。
注7: 教員を「さん」づけでよぶことが多いのも生物科学専攻の特徴である。


テヅルモヅルの新種発見 


臨海実験所の特任助教に着任した岡西政典さんらは,世界中の博物館に所蔵されたツルボソテヅルモヅル属の標本を精査した。その結果,日本の太平洋側産の一種を新種とし,「Astrodendrum spinulosum 」(標準和名:トゲツルボソテヅルモヅル)と命名した注8。テヅルモヅル類は,腕の分岐するクモヒトデ類(棘皮動物門)の一群である。深海性の種が多いため,分類学的な研究が進んでいなかった。この研究成果は,世界中の博物館が100年以上にわたり保管していた標本に基づいたものであり,自然誌研究における標本の重要性や,研究施設としての博物館や植物園の重要性も示している(図2)。

   
  図2.Astrodendrum spinulosum のタイプ標本。この標本をもとに新種が 記載されたので、タイプ標本とよばれる。盤径5.3cmの反口側(上側)からの写真。クモヒトデは棘皮動物門に含 まれる。棘皮動物門には、ウニ、ヒトデ、ナマコ、ウミユリなどが含まれ、ほぼ すべてが海産。五放射相称(星形)の 体や、炭酸カルシウム性の骨片をもつという共通点をもつ。
注8: Astro星+dendrum樹状のもの,spinulosum小さなトゲが有る,という意味である。岡西さんが精査した標本の中には,昭和天皇がご採集になったものも含まれる。 

特定の神経細胞に働いて摂食を抑える新しい飽食ホルモンの発見
 

飯野雄一さんらは宮崎大学などとの共同研究により,線虫注9から新たな生理活性ペプチドを発見し,LURY-1と命名した。LURY-1と類似したペプチドは,ショウジョウバエやクルマエビで発見されていたがその機能の詳細は不明だった。線虫が飽食状態にあると,咽頭かLURY-1が分泌されて特定の神経に作用し,摂食行動の抑制や産卵の促進など,餌に関係した行動を制御することが分かった(図3)。ヒトも含めたすべての動物に共通な摂食制御のしくみの解明にも寄与する大きな発見である。

   
図3. LURY-1ペプチドによる飽食反応。LURY-1ペプチドは活発な摂食時に咽頭M1/M2 神経から放出され、咽頭のMC 神経に働いてフィードバック的に咽頭の餌取り込みを抑制し、飽食を防ぎ寿命を延ばす。また、RIH神経にも働き、セロトニンシグナルを介して産卵を促す。餌のある場所に産卵することにつながるので、子の生存に有利な反応である。
注9: 学名はCaenorhabditis elegansである。全身の細胞の数が約1000個,神経細胞も302個と少ないので,多細胞のモデル生物として用いられる。飯野研究室では,線虫の記憶, 行動,全神経細胞の追跡などの分野で,新手法の開発をともなう先端的な研究が推進されている。


ジェネラリストとスペシャリストの環境適応
 

自然界には,さまざまな環境に対応できる「ジェネラリスト戦略」をとる生物がいるいっぽうで,特定の環境に特化した「スペシャリスト戦略」をとる生物もいる。岩崎渉さんらは,「どちらの戦略が有利なのだろうか?」「なぜ2つの戦略をとる生物が共存するのだろうか?」という問題に取り組んだ。種々の環境から得られた微生物群集の大量シーケンスデータと,多様な微生物グループの進化の様子を生物情報科学の手法で解析したところ,ジェネラリストはスペシャリストに比べて高い種分化率を示し,絶滅しにくいこと,ジェネラリストは進化の過程で容易にスペシャリストへと変わり得ることがわかった。ジェネラリストとスペシャリストの共存は,ジェネラリストの進化によって実現しているようである(図4)。微生物生態系ばかりでなく,生物の適応戦略全般の理解に役立つ大きな成果である。

図4.微生物生態系におけるスペシャリスト(ピンク色)とジェネラリスト(水色)との共存のバランスが保たれることを示した図を表した図。ある環境に特化したスペシャリストが存在する場合(A)、進化の過程でスペシャリストがジェネラリストへと変化(B)すると、他の環境へと移動することができる(C)。ジェネラリストは速く種分化する(D)ほか、スペシャリストに変わりやすいという特徴をもつ(E)。その結果、スペシャリストとジェネラリストが共存する微生物生態系が保たれる(F)。

 

おしまいに

専攻の統合にともない,教員学生一体となった修士課程および博士課程の研究発表会や,専攻総出のリトリートなどが行われるようになり,構成員は広いスペクトルにわたる研究に触れ,視野を広め,自由かつ活発に議論することができるようになった。また,専攻スポーツ大会なども行われ,学問以外の面でも活気あふれる雰囲気である。若い人々が生物学のフロントを次々と開拓する世界最前線の専攻であり続けるために,自由な研究環境を構成員全員で創り出し,大切にはぐみたい注10。生物科学専攻が,基礎生物科学を担う人材の育成に努力しつつ,生物科学の多様な最前線にさまざまなアプローチで挑んでいる,と感じ とっていただければ幸いである。

注10: 現在,生物科学専攻の研究室は理学部1, 2, 3, 7号館にある。7号館は1号館に隣接しているが,2号館は本郷キャンパス内とはいえ赤門よりもさらに南側で,1号館から550m。3号館は,弥生門から東北方向の浅野キャンパスにあり,1号館から430mである。2号館から3号館のセミナーに出かけると,片道12~13分かかる(ちなみに1号館から小石川植物園までは800m,信号などもあるので所要20分)。教育効果を上げ,活発な議論や緊密な共同研究を可能とするためには研究室が隣接していることが必須である。専攻の願いは,新棟建設による「真の一体化」である。

理学部ニュース2018年5月号掲載

 

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