原子分解能顕微鏡で化学反応を追跡する!
―量子力学が教える化学反応理論の実験的実証―

中村 栄一(総括プロジェクト機構 特任教授/化学専攻 兼務

原野 幸治(総括プロジェクト機構 特任准教授/化学専攻 兼務)

山内 薫(化学専攻 教授)

 

 



カーボンナノチューブの中に有機分子を入れたり,外側に有機分子をつけたりして,原子分解能の透過電子顕微鏡(TEM)で見ると,分子の形の変化や反応の様子が手に取るように分かる。われわれ(中村ら)が2007年に初めて報告し,単分子・実時間・原子分解能の頭文字を取って,SMARTTEMと名付けた方法論である。*2 たとえば,ナノチューブの中にサッカーボール分子(C60)を一次元に沢山詰めて,電子励起状態をつくってやると,あちこちでランダムに分子が反応する様子を動画で記録できる。

図1が実例である。円として見えるのがC60分子,その上下二本線に見えるのがナノチューブの壁である。炭素原子の密度の高い部分が濃く見えている。時間経過とともに隣接したC60 がまずダンベル状の二量体(C120)になり,ついで大きな重合体へと変化する。 C60の歪み解消が駆動力で,電子線による励起状態を経る反応である(図1)。 反応の時間推移を追ったのが図2 である。C60一分子あたり,1分間におよそ百万個の電子を照射してようやくひとつの反応が起きる。この反応自体は20年も前から知られていたのだが,一見ランダムなこの現象に,実は規則性があるのではないかという点にわれわれは着目した。反応転化率を,絶対温度に対してプロットすると,指数関数となり,一次反応速度論にぴったり従うことが分かった(図3)。この反応が全体として,量子力学に基づく遷移状態理論に従い,35kJ/mol程度の活性化エネルギーで進む,一重項励起状態経由の反応である。この活性化エネルギーは結晶内の(すなわちアボガドロ数個の分子の)反応について報告されている実験値とかなり良く一致する。たかだか数百個の分子の反応を観察するだけで,アボガドロ数個を用いた研究と同じ結果が得られたことになる。この結果はまた,量子力学に基づく遷移状態理論の初めての実験的証明にもなっている。

 

   
  C60分子の反応イベントを原子分解能顕微鏡でひとつひとつ数える。

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2017年のノーベル化学賞は「クライオ電子顕微鏡法による生体分子の構造決定」に与えられた。この手法では,生体高分子を液体窒素で固めた水に分散させ,数千から数十万の分子像を重ね合わせ,コンピューターで再構成して,平均的な分子像を得る。SMART-TEM法は,クライオ電顕法とは全く次元の異なる手法である。「たったひとつ分子を見るだけで構造が分かる,動きも見える。沢山の分子を一度に見える(図1参照)」という他の追随を許さない特徴を活かせば,石油から天然の薬効成分まで色々な有機資源を分離精製することなく,構造を決め,反応を追跡できるだろう。原子分解能TEMによる分子および化学反応のその場観察手法の開拓は,化学研究および電子顕微鏡科学の新しい時代の幕開けを告げるものである。

本研究は,S. Okada et al ., J. Am. Chem. Soc. , 139, 18281-18287(2017)に掲載された。

1. S. Okada, S. Kowashi, L. Schweighauser, K. Yamanouchi, K. Harano, E. Nakamura, J. Am. Chem. Soc., 139, 18281 (2017).
2. M. Koshino, T. Tanaka, N. Solin, K. Suenaga, H. Isobe, E. Nakamura, Science, 316, 853 (2007).


(2017年11月27日プレスリリース)




理学部ニュース2018年3月号掲載

 

 

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