化学とトポロジー:配位ナノシートの研究

西原 寛(化学専攻 教授)

 

現在,二次元物質「配位ナノシート」の研究に勤しんでいる。配位ナノシートとは平面形の有機分子と金属イオンとの反応で形成される二次元錯体ポリマーのことで,二相界面を反応場として上手く使うと,極薄のシート状物質として得られる。

この研究の遠因は1995年ごろに遡る。当時,金属を含む五角形構造のメタラジチオレンという分子の研究を始めた。この分子はベンゼンと同じように芳香族性を示す上に,金属原子に起因するユニークな特性も示す。メタラジチオレンを複数個つなげた分子の研究を15年ほど続けたが,オーソドックスな化学をやり尽くした感があり,次の研究展開を思いあぐねていた。

   
ニッケラジチオレンナノシートの合成。右の写真は,ニッケルイオン水溶液とBHTのジクロロメタン溶液を重ねて1日後に界面に生成した配位ナノシート。


そんな中,2010年9月に幕張メッセで開催された界面化学国際会議に参加した。電極上に生やした一次元分子ワイヤの電子移動に関する講演を終えて,夕刻,ポスター発表をつらつらと眺めていた時,ふっと「配位ナノシート」のアイデアが閃いた。「研究室では,平面形有機分子BHTと金属イオンとの反応で,メタラジチオレンを合成している。もしBHTを有機溶媒に溶かし,金属イオンを水に溶かして,2つの溶液を重ねると,二相の界面で反応が起こる。金属イオンとしてニッケルを用いたら,2個のBHTを架橋するので,カゴメ格子が平面状に無限に拡がった極薄のシートができるだろう。この配位ナノシートは,グラフェンと同じ二次元物質で,さらに金属原子も含むのできっと面白い性質を示すはず。」すぐさま,研究室に飛んで帰って,BHT錯体を研究していた修士2年の神戸徹也君(2018年現在,東工大助教)にこのアイデアを語った。彼もただちに理解して賛同し,すぐに合成実験をセットした。翌朝,神戸君が私の部屋に飛んできて,「黒い金属光沢をしたフィルムが界面にできています」と報告してくれたときは,実に嬉しかった。

その後は,今まで扱ったことのない形状や性質の,この物質を見極めるために悪戦苦闘の連続だったが,試行錯誤を経て単層シートの合成にも成功し,金属と同様に電気を良く通すことなども分かって, 2013年に論文を発表した。この単層の配位ナノシートが,理論計算によって二次元ト ポロジカル絶縁体になると予想されたことから,ただちに 物理学や電子工学などの多くの異分野の研究者に興味を もっていただき,共同研究を始めた。二次元トポロジカル 絶縁体では,シートの周囲だけ電気が流れ,そのほかの大 部分は絶縁体である。スピントロニクスや量子コンピュー タに応用できると話題になっている物質だ。

この二次元物質の研究のおかげで,物理学での「トポロジー」を理解した。2016年のノーベル物理学賞は「トポロ ジカル相転移と物質のトポロジカル相の理論的発見」で, 三次元物質では現れない現象が,表面や界面のような二次 元の場や二次元物質で起こることが注目されている。いっぽう,化学ではトポロジーは独特な分子の動きと関連付け られることが多かった。今後,多種の配位ナノシートが合成され,ユニークな特性が見つかることで,化学と物理学のトポロジーの共通理解の橋渡しになることを願っている。

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理学部ニュース2018年3月号掲載

 

 

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