ヨーロッパ各国をめぐってポスドク先探し

李 勇燦(生物科学専攻 博士課程3年生)

「オックスフォードでのX線回折実験が終わったら,ついでにポスドク先を見学してくるといい」指導教員である濡木理教授,石谷隆一郎准教授のそんな言葉に押され,私はヨーロッパ行きを決めた。目的は,博士学位取得後のポスドク先探しだ。


イギリスで毎朝食べたイングリッシュブレックファスト

2017年2月末から3月初めにかけて,オックスフォードにあるシンクロトロン施設での実験を終えた私は,その足でイギリス,オーストリア,ドイツの各地を回り,複数のラボを訪問した。最初の行き先はイギリス・ケンブリッジにあるMRC分子生物学研究所(Laboratory of Molecular Biology)であった。私はこの研究所のリチャード・ヘンダーソン(Richard Henderson)博士をたずねた。

「クライオ電子顕微鏡にはまだまだ検討すべき余地がある」博士は目を輝かせてこう言った。クライオ電子顕微鏡とは,凍結試料に電子線をあてることで,生体分子の構造を原子レベルで観察できる手法である。ヘンダーソン博士はこの手法の開発に長年携わったパイオニアだ(このあと2017年10月にノーベル化学賞を受賞した)。私はこれまでにX線を用いた膜タンパク質の結晶構造解析を専門としてきたが,近年発展したこの手法に魅了され,分野を変えようと決心していた。「分野を変えるはいいタイミングだ。やるべきことはたくさんあるよ」博士の言葉に私は勇気づけられた。もうポスドクは募集していないという博士は,他の若手研究者を紹介してくれ,次の訪問先での成功を祈ってくれた。

二番目の行き先は,オーストリア科学技術研究所(IST Austria)であった。ウィーン近郊に位置するこの研究所は,数学,物理,生物学の学際的な研究を行っている。レオニド・サザノフ(Leonid Sazanov)博士は,ミトコンドリアで「ポンプ」としてはたらくタンパク質である呼吸鎖複合体Iを研究しており,2016年にクライオ電子顕微鏡を用いてその構造を解明した。「君の研究歴を見るかぎり,うちのプロジェクトに合いそうだ」サザノフ博士はこう言うと,ラボを案内してくれた。ヤギの心臓をすりつぶすためのミキサー。ミトコンドリアの分離に用いる大型遠心機。長年大切に使われてきたクライオ電子顕微鏡。案内が終わると,私のセミナーがあり,そのあと研究所のポスドクや学生たちと昼食を共にした。研究所は市街から離れた静かな森林区域に位置しており,研究に没頭するには絶好の場所に見えた。「時間があれば君とビールでも飲みに行きたかったけど,あいにく夜はオーケストラを聴きに行くのでね」音楽の街で休日には息抜きもよいな,と思いながら研究所をあとにした。


フランクフルトの高層ビル群

最後の行き先は,ドイツ・フランクフルトにあるマックスプランク生物物理学研究所(Max Planck Institute for Biophysics)であった。その構造生物学部門の所長であるヴァーナー・キュールブラント(Werner Kühlbrandt)博士は,電子顕微鏡を用いた解析により1980年代から多くの膜タンパク質構造を解明してきた。「うちに来れば世界最高の環境を提供するよ」博士はこう言うと,所内を案内してくれた。電子顕微鏡室と試料調製室は,振動と空調が完璧に管理されている。地下には工房があり,たいていの実験設備は自前でつくる。午後はラボメンバーひとりひとりと面談をし,夜には夕食へ出た。「フランクフルトは国際都市だからドイツ語は必須ではないわ。けれど話せたほうがいい」と言ったイギリス出身のポスドクは,流暢なドイツ語でデザートを注文した。研究所に入ればドイツ語のコースも学べるらしい。もし行くなら私もドイツ語を習得しよう,と考えた。

東京への帰路につき,旅を振り返った。どのラボも新鮮な魅力にあふれていて,行き先を決めるのが難しい。そもそも自分は何を追い求めるのか。世界の研究者たちとの出会いは,そんな問いかけをくれたようだ。行き先は,ぼちぼち考えることにしよう。

 

 

 
2013年 朝鮮大学校理工学部理学科 卒業
2015年 東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修士課程 修了
現在 生物科学専攻博士課程 在籍
2016年~ 日本学術振興会特別研究員DC2

 

理学部ニュース2018年3月号掲載

 


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