理学部紹介冊子
レーザーが拓く明るい社会
三尾 典克(フォトンサイエンス研究機構 教授)
レーザーが発明されたのは1960年,もう,かなり昔のことになった。しかし,今,レーザーはいろいろなところで活躍している。インターネットを流れる膨大な情報量のかなりの部分は,レーザー光が運んでいる。CDやDVD,Blu Ray などのメディアにもレーザー技術は欠かせない。レーザーを駆使することで,新しい概念を提案,イノベーションを興すことで実現される豊かな社会,これが「レーザーが拓く明るい社会」の意味である。
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コヒーレントフォトン技術が開く10年度の社会 |
私の所属するフォトンサイエンス研究機構は,2013年に,フォトンサイエンスの研究推進とその社会実装を進めることを目的に設立された。理学を社会に,技術を支える理学の実現を目指し,活動をしている。同じ年度に,文部科学省・科学技術振興機構によるCOISTREAM事業のひとつの拠点として,コヒーレントフォトン技術によるイノベーション拠点(ICCPT)が発足した。COI事業では,10年後に実現すべき社会を描き,その描像のもとに研究計画を立案し実施するというバックキャストという考え方が導入され,「今の夢。10年後の常識。新しい未来をつくりたい。」というお題目がついている。ICCPTでは,この中で,個を活かす持続可能な社会の構築を目指し,レーザー技術を駆使してものづくりのプロセスにパラダイムシフトを起こす。レーザーによるものづくりは,自由度が高く,さまざまな要求を低環境負荷で実現できると考えられており,今後,要求が増えてくると思われる少量多品種の生産,また,今,日本が目指しているSociety5.0の実現に大きな力を発揮するという趣旨である。
ここで,レーザーによるものづくりは,レーザー加工とよばれる,歴史のある産業であり学問分野でもある。しかし,実際にレーザーで加工するという過程は実は単純ではない。まず,光が物質中の電子と相互作用し,高いエネルギー状態が実現する。この反応は,ほぼ瞬時に起きると考えられている。その状態が,格子のエネルギーに緩和する過程があり,そして物質の温度が上がる。電子-格子の緩和時間は典型的にはピコ秒と言われている。そこで,この時間より短いフェムト秒パルスと長いナノ秒パルスでは振る舞いが変わる。さらに,物質が飛び出していく乖離過程も存在する。このように,光と物質の相互作用,相転移,物質移動など,非線形,非平衡,開放系の現象である。また,巨視的な材料の温度分布や物質移動のようなミリ秒よりも長い物理現象が関与する,マルチタイムスケールの過程である。このような現象を理学としてどのように扱うといいのかを,試行錯誤をしながら研究を進めている。
図は,COI事業として,10年後の目指すべき社会として描いたものである。家族がみんなにこやかに暮らせる社会,これ以上に目指すべき社会はないと思うのだが,どうだろう。実は,よく見ると,椅子の大きさなどが座る人に合わせて少しずつ違うものが用意されているなど,モノづくりを革新することで,実現される豊かさを表現したつもりである。実際に,レーザーによるものづくり革新への期待は大変高まっている。新しいレーザーと新しい学問が拓く豊かな社会を目指して,研究を進めていきたいと思っている。
理学部ニュース2018年3月号掲載