チリアクタを拾い続ける背中

林 隆之(学校法人麻布学園(麻布中学校・麻布高等学校) 専任教諭)


PROFILE

東京大学理学部天文学科卒業
東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了
博士(理学)
いくつかの私立中学校・高等学校の非常勤講師を経て,
現職(地学担当)
2009年
2014年

2015年


 

 

 


  高校生向けの授業にて。天動説から地動説への転換の科学史を,世界史教諭と組んで1学期かけて講義した。

大学院を修了してからの仕事として中高教員を選んだ。学生時代を通じ,塾講師として大学受験指導にあたっていたため,この選択は自然な成り行きに映るかもしれない。だが,大学進学の当初から教員を志していたわけではない。教職課程を履修したのは,博士課程さらには研究者を志すにあたっての「人生の保険」のつもりだった。

高校時代は南極観測隊に憧れていた。駒場では,地球物理学科に進むつもりで,野外巡検の全学ゼミに参加するなどした。だが,宇宙科学の講義で相対論的な世界に面白みを感じ,進学振り分けで天文学科を選んだ。そして大学院では,遠方銀河の中心にある超巨大ブラックホール周囲で生じる高エネルギー現象の電波観測に取り組む。遠く離れて設置した電波望遠鏡を仮想的に1つの望遠鏡として運用する超長基線電波干渉計(VLBI)という技法をおもに用い,国内外の望遠鏡で観測を行った。

当初は研究職を見据えて研究に取り組んだが,修士論文を書き終えた頃に転機が生じる。大学院に進んだ当初に関わるつもりだったVLBI天文衛星の計画が,技術的な理由により中止されることが確定したのだ。研究のモチベーションの下がる中,偶然,研究室のあった国立天文台に近い高校からの非常勤講師募集の求人を見つけた。心が揺さぶられて応募し,博士課程の後半からは教員と大学院生の二束のわらじを履くことになる。学部4年から少しずつ履修していた教職課程の単位も,講師を始めるのにあわせて取り終えた。その後,いくつかの中学・高校で非常勤講師を務め,現在の勤務先で専任教諭として採用されて今に至る。

大学院入試の時点ではX線天文学にも関心を寄せていた。ここで研究室の志望順位を入れ替えていたら中高教員にはなっていなかったかもしれない。人生とは分からないものだ。いっぽう,この業界には「学校の先生」を夢見て早くに進路を定めた人が多い。彼らとくらべると,自分はひと昔前でいうところの「でもしか先生」に近い。でも,それで良いと思っている。

さまざまな社会問題に私たちが向き合うとき,まずはその課題の時間的・空間的な位置づけを知るべきだろう。地球や宇宙の多様な現象を扱う地学教育の目標は,生徒がその材料を身につけることだといえる。地学は決して人文系進学を志す生徒のセンター試験の道具ではない。社会を牽引する人材を送り出す進学校であればなおさらだ。そのために,教員が教科書の知識しか持たないようでは話にならない。

私が研究で用いてきたVLBIは天文観測のみならず,測地のために地球物理学でも使われている。プレート運動の精密測定もVLBIの成果である。地学教育に携わるようになり,研究経験が教科書以上に糧になっていることを実感する。南極観測隊を夢見た頃に得た雑学すら肥やしになる。教員を始めから志願していなかったからこそ拾い集められた塵芥(ちりあくた)が自分の武器なのかもしれない。

人生,どこでどんな転機があるか分からない。そのときのために色々なものを拾い集められたらと思う。そういう背中を生徒に見せられる存在として,自分ほど都合の良い存在はないかもしれない。だから「でもしか」だって良いと思う。

理学部ニュース2018年3月号掲載

 

 

理学から羽ばたけ>

 

 

 

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