宇宙黎明期の「風」と巨大ブラックホール

吉田 直紀(物理学専攻 教授)

平野 信吾(テキサス大学オースティン校 日本学術振興会海外特別研究員)

 

 


2015年2月,国際研究チームによる宇宙観測によって,ビッグバンからわずか9億年後の宇宙に存在した太陽120億個分の質量をもつ超大質量ブラックホール(SuperMassive Black Hole,以下SMBH)が発見された。それまでに見つかった同時期のSMBHよりさらに4倍も大きく,その巨大な天体の誕生に関していくつもの説が提唱された。

SMBHはほとんどすべての銀河の中心にあり,周囲の物質や星を吸い込みながら成長してきたと考えられている。いっぽう,ブラックホールが物質を吸い込み成長する速さには物理的な限界があり,成長時間の限られる若い宇宙にSMBHが存在することは大きな謎とされてきた。

重いブラックホールほど重力は強くなり,その成長率の限界も増大する。観測された早期ブラックホールの存在を説明するには,できるだけ大きなブラックホールができるだけ早い時期に生まれなくてはならない。有力な説によれば,太陽の10万倍の質量をもつ種ブラックホールがビッグバン直後に誕生すれば,観測されたようなSMBHへと成長できるという。しかし宇宙最初の星々はせいぜい太陽の100倍程度の質量しか持たないと考えられており,それよりもさらに1000倍も重い天体を生み出すことは困難である。

   
誕生直後の原始星を取り囲むガスの構造。図上を右方向に吹く風により,高密度ガスは大きく圧縮される。その中心で誕生する星には周囲のガスが勢いよく流れ込み,大質量星となり星の一生の最期に巨大ブラックホールを遺す。


私たちの研究チームはスーパーコンピュータシミュレーションを用いて,SMBHの種となる巨大ブラックホールの誕生過程を調べた。始めに,これまでの宇宙観測により判明した宇宙初期での物質分布を再現する。初期天体形成で主役となるのは,宇宙の質量の大半を占める暗黒物質(ダークマター)だ。 自己重力によってダークマターが集積し,網の目の大規模構造をつくりだす。 重力が最大となる網の「節」に水素とヘリウムから成る始原ガスが集まると,濃い分子ガス雲(星のゆりかご)が誕生する(図)。

ダークマターがガスを集めて初めて星は誕生するのだが,若い宇宙においては,ダークマターに対してガスはあちこちへと流れ出る「風」のように振る舞う。ビッグバン直後の灼熱の宇宙では,ガスは光と結びついて運動していたいっぽう,ダークマターは光とは無関係に運動していた。その差が原因となり,ダークマターに対して風が取り残される。風の速さは場所によって異なり,なかには超音速に達する「宇宙の暴風域」ともいえる領域も存在する。強い風はダークマターの重力(引力)に逆らうため,星の材料となるガスが容易には集まらないことになる。

しかし,コンピュータ上に再現した宇宙の「暴風域」の様子を詳しく観察したところ,太陽の2000万倍もの質量をもつダークマターの塊が存在する場合には,強い重力が高速のガス流を捕捉できることが分かった。その中心で誕生した原始星(星の赤ちゃん)には,風となって吹き付ける膨大なガスが降り注ぎ,急激に成長して太陽の34000倍にもなる。この星が遺す巨大ブラックホールが数億年かけて成長すれば,太陽の数10億倍の質量をもつSMBHとなることができる。

従来考えられていたSMBHの起源に関する仮説では,難しい条件を満たす必要があったが,今回着目した「宇宙の暴風域」は一定の確率で実現することが現在宇宙論より導かれている。宇宙の始まりの頃に吹く「風」が, SMBHの種を生み出すようだ。

本研究は,Hirano et al ., Science , 357, 1375-1378(2017)に掲載された。

(2017年9月29日プレスリリース)

 理学部ニュース2018年1月号掲載




学部生に伝える研究最前線>

 




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