遺伝子の使い回しは,進化を制限する?

入江 直樹(生物科学専攻 准教授)

 


われわれ人間の末裔が鳥のような翼を獲得して,空を飛ぶ日は来るのだろうか。くるとすれば,どのくらいの確率だろうか。実は,現在の生物学ではこうした進化の予測はほとんどできない。確かに,蛙の子は蛙と言われるように,1世代でいきなり蛙からハエが生まれることはないが,数千万年,数億年後の進化を経た後,それぞれの生物がどのような姿になるかと問われると,予測に使える理論はほとんどないのが現状だ。いっぽうで観察事実としては,進化を通してなかなか変わりにくい特徴があることは知られていた。動物の体の基本構造はその一例である。5億4000万年前までに爆発的にいろいろな動物が出現し,その頃までには現存する30以上の動物の基本構造がすでに出揃っていたことが分かっているのだ。言い換えれば,5億年以上,新しい体の基本構造を持った動物が出現していないことになる。

   
胚発生と進化的な多様性の関係を示した発生砂時計モデル(中央)。下から上へ発生が進み,横幅は進化的な多様性を示す。解剖学的な体の基本構造がつくられる器官形成期(砂時計モデルのくびれ部分)では,異なる動物間での多様性が少ない(左)。今回の研究で,器官形成期は他の発生時期や組織でもはたらく使い回し遺伝子が多く,それが多様化を制約してきた可能性が明らかとなった(右の小さな丸印は,使われている遺伝子を示す。異なる発生期にも使われている同じ遺伝子は垂直の線で繋ぎ,グレーまたは黒で示す)。

 
われわれは,動物の体の基本構造が変化しにくいのはなぜかという問いに対し,発生過程(受精卵から大人の体になるまでの時期)の遺伝子の使われ方に着目した。発生過程は体づくりが行われる時期で,とくに体の基本構造ができる時期(図の砂時計モデルのくびれ部分)は進化を通して遺伝子の使われ方が変化してこなかった事が分かっているためだ。超並列シーケンサーやコンピュータ解析を駆使し,8種の脊索動物を対象に,発生過程で使われる遺伝子の働きを詳しく調べたところ,体の基本構造ができる発生期の遺伝子は,他の発生段階でもよく使われている遺伝子群であることがわかった。また,そうした使い回し遺伝子は,失われると致死的となる生存に重要な遺伝子であり,複数の機能をもった遺伝子群であることも判明した。つまり,こうした使い回し遺伝子システムが突然変異などで変化してしまうと,その遺伝子群が働いているいろいろな組織や器官形成に問題が生じることを意味する。このために,使い回し遺伝子システムを重用している「体の基本構造」もなかなか進化を通して変化できなかったというシナリオが考えられるのだ。ただし,使い回し遺伝子が制約をもたらす仕組みは複数考えられる他,使い回し遺伝子群がなぜ器官形成期に集積したのかはまだ不明だ。いずれにしても,こうした遺伝子の使い回しは,体の基本構造だけでなくあらゆる生命現象でみられるもので,今後さらなる研究が進むことが期待される。

ところで,遺伝子の使い回しが今回とは逆の効果をもつことはこれまでの研究でよく知られていた。たとえば,カブトムシの角などは,脚で使われていた遺伝子を使い回すことで,角の進化を可能にしたことが判明しており,遺伝子の使い回しが新しい特徴を獲得することに貢献しているらしいのだ。今回の発見は,こうした使い回しが過ぎると,逆にその遺伝子システムは融通が効かなくなる可能性を示唆するものだ。遺伝子の使い回しは,進化にとって多様化を促進もすれば制限もする諸刃の剣なのかもしれない。今後,さらなる研究が進めば,進化の予測性に関しても,科学的に議論できる日がくるかもしれない。

本研究成果は,Hu et al., Nature Ecology & Evolution ,1,1722–1730(2017)に掲載された。

(2017年9月26日プレスリリース)

理学部ニュース2018年1月号掲載

 

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