電話会社で量子力学

高瀬 恵子(NTT物性科学基礎研究所 主任研究員)


PROFILE

東京大学理学部物理学科卒業
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了博士(理学)
日本電信電話株式会社入社
NTT物性科学基礎研究所 量子電子物性研究部
量子固体物性研究グループ 配属
同研究所 主任研究員
2004年3月
2009年3月
2009年4月


2017年現在

 

 

 

最近所内で開かれた国際シンポジウムの看板とともに

大学院を卒業して社会に出てから8年がたった。久しぶりに会う,研究とは全然縁のない友達に「今,なんの仕事しているの?」と聞かれ,「NTTの研究所で基礎研究している」と答えると,「えっ,電話の研究?学校では物理やっているって言ってなかったっけ?」と驚かれる。会社に入ってずいぶん月日がたったが,いわゆる電話の研究をしたことは一度もない。会社にきてオフィスに入りメールチェックをしたあと,実験室に急ぐ。ドアを開けると,ステンレスのタンクや冷凍機が並び,その中には-269℃以下の世界が広がる。量子力学の世界へようこそ,と言わんばかりに低温を使って固体中の電子の不思議な性質を実験する。それが私の研究である。

私は大学院を卒業してすぐに日本電信電話株式会社(NTT)に入社し,学術貢献をひとつの使命とするNTT物性科学基礎研究所に所属し,物性研究を仕事にしている。物性という言葉は,物理の一分野でありながら大学までは一般にはなじみのない言葉で,知っているような知らないような曖昧模糊とした存在だ。物性研究は「物の性質を調べる」研究だが,ずいぶん科学が発展した現在でも,日々新しい材料が作られ,魅力的な性質が調べられ,おもしろい物理概念が生まれている。とくに,もっとも身近な素粒子である電子がお互いに相互作用をすると,量子力学の世界でなにやらエキゾチックな現象を引き起こすようだ-そういう事実は私をとりこにした。

そんな理由で物性物理に興味をもったが,「素粒子や原子核も物理としておもしろい」という気持ちから理学部の物理学科に進学し,大学1,2年までとはひと味違う,きらめく才能をもつ多くの仲間と出会った。そしてやっぱり物性物理を自分で実験したくて大学院に入り,低温の世界や量子輸送測定技術,量子力学を使った最先端の顕微鏡(走査型トンネル顕微鏡)を学び,物理を研究してきた。会社に入り,大学院とは分野を変えたが引き続き電子の量子力学的性質を研究するのは変わらない。会社員としての日常生活や年間スケジュールも,研究アイディアを出し,実験し,解析し,計算し,研究成果を論文にまとめ,物理学会や国際会議で発表し交流を深める,という研究者のサイクルである。所内では海外から訪問した研究者によるセミナーが頻繁に開かれたり,国際シンポジウムが約隔年で開催されたりする。

会社での生活は,おそらく「理学から羽ばたけ」シリーズの中で,もっとも大学や独立行政法人の研究者の生活と近く,一般の民間企業の研究者のそれとは大きく異なるだろう。理学から羽ばたき社会に出たが,理学的マインドをもちつつ理学的研究に打ち込み続ける,-それを実社会で実現している人は少ないだろうが,それが偽らざる私の日常である。

理学部ニュース2018年1月号掲載

 

 

理学から羽ばたけ>

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加