理学から羽ばたくための3つの力

望月 公紀(建築築事務所代表/化学専攻 客員共同研究員/京都造形芸術大学 准教授)


PROFILE

東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程 修了
東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻 修了
乾久美子建築設計事務所勤務(2007年まで)
望月公紀建築設計事務所(2010年まで)
建築築事務所を共同設立。2014年・2017年に実験研究室のリノベーションで
グッドデザイン賞を受賞
京都造形芸術大学環境デザイン学科准教授
東京大学大学院理学系研究科化学専攻客員共同研究員
2002年
2005年
同年
2008年
2010年~

2015年~
2017年~

 

 

「東京大学ラボラトリーHi2」
  2017年グッドデザイン賞受賞作品 写真:太田拓実

 




このコーナーが「理学から羽ばたけ!」ということでちょっと意外かもしれないが,その理学から羽ばたいて,自分はいま,建築家の道を歩んでいる。大学で化学研究に携わっていた経歴から,最近では実験研究室の設計を依頼されることが多くなり,かつての恩師や先輩方に声をかけてもらい,東大内でもいくつかの実験研究室をてがけている。

普通,大学の実験研究室の空間といえば,窓が小さくて薄暗く,配管や配線が縦横無尽に駆け巡り,天井からはコード類が無造作にぶら下がっているような空間であり,衛生的で快適な研究環境は,ほとんど存在しない。

いざ,より良い環境の研究室の整備をしたいと思っても,研究者と実験の内容を共有・理解し,研究目的のために最適化された環境をデザインできる建築家がいない。そのため,研究者自らが実験研究室を設計せざるをえない状況が研究者の間の常識になっており,スペースの狭い日本の実験研究室は快適な理想の作業空間とはほど遠いのが現状である。

近年手がけている実験研究室のリノベーションの取り組みは,元研究者であり建築家であるという,いわばクロスフィールド的思考をもつ建築家が,機能的で快適な空間を提供したという事例として徐々に知っていただく機会が増えてきた。

とはいえ,自分の経験してきたことを糧に社会に貢献することができるきっかけがあった今だからこそ理学で学んでいてよかったと思うが,本大学院を修了後,東京藝術大学大学院で建築デザインを学び始めた頃には,本学で学んだことを活かすためには,一体どんな方法があるのかと悩んだ時期もあった。

理学から羽ばたく人のすべてが研究者になるわけではないし,異分野で活躍しようと思う人も多いのではないかと思う。そういう人の一助になればと,研究を通して学んだことが,どのようにして建築デザインに役立っているのか,理学でこそ培われる基本的な3つの力を通して伝えたい。

まずは,「制作する対象の学問的位置付けを知る力」。「デザインを志す」「芸術を志す」というと,科学に携わっている人からすれば,非常に感覚的な世界と思われがちだが,いったんデザインを学び始めると,デザインも芸術もひとつの学問であることに変わりはないのだ。実験をする前には必ず過去の文献を調べ,自分の実験の背景や方法論などを調べるように,建築デザインとは,どういう体系で積み重ねられ,現在進行形の問題とは何なのかを自分なりにアーカイブし,過去の事例を参照しながら現在の問題に活かしていく。こうした技術は物事を新たに始める時にとても役にたつ。

そして,次に重要なのが「観察と分析を言葉にする力」 だ。絵を描く,ものをつくるといった基本的な制作活動は, 観察と分析なしには成り立たない。自分は絵が下手だと思 いっている人も多いだろうが,自分が描きたい対象物を観 察・分析し,それをどのようにアウトプットするのかが, デッサンの基本だ。分析したことしか形にはできないので ある。それは,分析した対象を言葉にすることから始まる のだ。なぜこのデザインが良いとされているのか,なぜこ の絵が評価されているのかを分析すること。その分析が自 分の制作に繋がっていくということを,研究の過程で身に つけていたことが,デザインを学ぶ推進力となった。

そしてもっとも重要なのは,「わからないものをわから ないまま進める力」だ。つまり,自分で仮説を立て,それ を検証しながら実験を推し進める力である。その現象の背 景に起こることを想像し,それがダメならまたその事象を 分析して仮説を立て直し,検証する勇気と持続力でもある。 たとえば実験研究室のリノベーションでは,解体する壁の 向こうに何があるのか,既存の建物の設計思想もわからな い。その中で自分が仮説を立てひとつひとつ根気良く検証 していくことで,デザインの手がかりを得られるのだ。

目の前にある研究に邁進してさえすれば,きっとどの分野に行っても立ち向かえるはずである。だから自信をもっ て,「理学から羽ばたけ!」。

理学部ニュース2017年11月号掲載



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