科学者の道

真行寺 千佳子(生物科学専攻 准教授)

 

本郷キャンパスの南西の角に懐徳門が造られたのは10年前のことである。この門ができるまで,若者だけでなく年配の紳士が,レンガ塀の上部の美しい鉄の飾りをひらりと越えて,キャンパス横の細い道に飛び降りるのを時折目撃した。そのたびに,今の駒場キャンパスにあった旧制第一高等学校の,正規の門以外は通らないという「正門主義」を思い起こした。懐徳門からキャンパスに入ると左手に理学部2号館が見える。レンガ造りの趣のある建築は内田祥三の設計によるもので,現在は生物学科と生物科学専攻の建物である。20年前までは,動物学,植物学,人類学の旧3専攻と旧地質学・鉱物学・地理学(現在,地球惑星科学科)の計6教室に使われていた。数年前,懐徳門から赤門までの道はモダーンな敷石で整備された。83年を経てなお品格のある2号館は,白い敷石に生えて輝いて見える。

私が科学者を志したのは,小学校の2年生頃であったらしい。生理学のすばらしさを聞きかじり,「生理学者になりたい」と考えていたようだ。この将来の職業の夢はやがて現実となった。2号館で動物学を学び,1995年,大学院重点化に伴う改組で旧3専攻が生物科学専攻として統合された時に,助教授(独立研究者PI)となり,動物生理学者として独り立ちした。科学者は,一生科学者であり続けられるものと思っているが,実験科学の研究の場合,公的機関を離れて個人の力で継続することはかなり難しい。研究で得られた成果を後世に残すことは科学者の責務であるが,未完成のものを次の世代に引き継ぐ仕組みも必要であると痛切に感ずる。科学は凄まじい勢いで発展している。新しい分野をリードする挑戦的研究はひじょうに魅力的である。しかし,科学の発展を支えてきた基礎的研究を継承することの重要性も忘れてはならない。伝統のある大学として今後の教育・研究をどのように推進すべきか,情報爆発の中で取るべき独自の方策を今一度考えるべき時ではないか。

研究室メンバーとミーティング
理学部2号館講堂

理学部2号館の中央に3~4階を貫く講堂がある。私が生物学科に進学した時は,開かずの間として施錠され,ほぼ物置状態だった。生物系3専攻統合を機に,学生全員が講義を受けられる講義室の必要性が高まった。さまざまな努力の末に,本部の協力により講堂の改修が実現した。講堂に一歩入ってみると,天井と壁面はすべて焦げ茶色で,同色の長机に作り付けられた狭いダークレッドの座席が並ぶ,まさに儀式の間であった。天井の格子と壁面のしゃれた梁,これらを紫の混ざった濃いグレーに塗り替え,そのほかの壁面と天井は薄いピンクに仕上げる。彫刻を施された円形の木製装飾は磨き直す。こうして建モノズキの私の意見が全面的に取り入れられて2001年の大改修が進められ,講堂は変身を遂げた。その6年後,野中勝先生が専攻長の時に,机と椅子を新調した。理学系研究科には200名規模のホールが3つある。小柴ホール,化学講堂,そして2号館講堂である。この講堂で講義をする時,あるいは聴衆としてピンクのロッキングチェアに座る時,1世紀近い歴史の重みと自らの科学者としての在り方を考える。このような建物で43年も教育・研究に携わることができた幸せに感謝したい。

 

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理学部ニュース2017年11月号掲載

 

 

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