1997年から2017年,そして2037年へ

村尾 美緒(物理学専攻教授)

 

 2017年7月中旬,英国ロンドンの王立協会(Royal Society)で開催された「量子光学から量子技術へ」という国際会議に参加した。この国際会議は,ピーター L. ナイト(Peter L.Knight)先生の70歳の誕生日を記念して開催されたものである。ナイト先生はインペリアルカレッジロンドン(Imperial College London)の副学長を経て,英国物理学会長や王立協会の要職に就かれた物理学者である。量子光学の発展への貢献により2005年に英国女王から騎士(Knight)の称号が与えられ,「KnightのKnight先生」となられた。

私は1996年7月から1999年の3月まで,インペリアルカレッジロンドンの物理学科においてナイト先生が率いる量子光学理論の研究室でポスドクとして働いていた。1997年の夏頃に,ナイト先生の50歳の誕生日をお祝いした記憶が確かにある。当時私は29歳であり,量子情報の理論的研究に取り組み始めたところだった。20年後の今,私は49歳である。量子情報の研究を始めてからあっという間に20年の月日が経っていたことに驚かされるが,それ以上に,現在の自分があのときのナイト先生の年齢とほとんど変わらないことに気づき,愕然とした。

大学院で非平衡量子統計力学を研究していた私は,博士課程2年の夏に参加した国際会議で初めてナイト先生に出会い,光学系での量子効果を扱う量子光学の分野に興味をもった。そして学位取得後に,量子光学を研究するためにロンドンでポスドク生活を始めた。1995年ごろから量子的な状態で表される量子情報の理解と量子計算などへの応用を目指す新しい研究分野が黎明期を迎えており,ナイト先生の研究室でも若手を中心に研究が始まっていた。同僚から量子情報の話を聞き,すぐに古典情報的常識に反する「量子情報的な考え方」に魅了された私は,1997年の始め頃から量子情報の研究に着手したのだった。


2017年の国際会議のポスター会場でのナイト先生と私。王立協会のシャンデリアと鏡が豪華。背景にはシャンパンらしきものを飲む参加者の姿も

この頃のナイト先生の研究室は,ドイツ人4名,ギリシャ人3名といった具合に,英国の大学であるにもかかわらず英国人がマイノリティとなるような多国籍の構成で,世界中から「量子の世界で何か面白いことをみつけてやろう」と参集した人材の熱気にあふれていた。オックスフォード大学のベドラル(Vlakto Vedral)教授をはじめ,当時所属していた学生やポスドクの多くが,現在では世界各国で量子情報や量子光学の分野を率いるシニアな研究者となっている。

今回の国際会議には,ナイト先生の研究室で学生やポスドク時代を過ごした多くの研究者が結集した。ナイト先生の研究室に世界各地から集うことでチャンスを得て,研究室から世界各地へと飛び立った後も新たな研究を切り拓いてきた元同僚の現在の姿を見ると,ナイト先生の研究者としての力量だけでなく,次世代の研究者や新しい研究分野の育成への目覚しい功績を実感した。20年前のナイト先生とほぼ同い年となった私。20年後,次の世代が世界中のさまざまな分野で活躍している姿を想像し,彼ら・彼女らのチャンスをより広げるために貢献する責任を再認識したのだった。

 

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理学部ニュース2017年9月号掲載

 


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