天文学の歴史は,謎の天体の正体を解明し,宇宙に対する人類の理解を深めてきた営みであるとも言える。私が大学院生であった1990年代,謎の天体といえば何と言ってもガンマ線バースト(gamma-ray burst, GRB)であった。わずか10秒程度の間に突然ガンマ線で輝く突発天体で, 1970年ごろに発見されたものの, 1990年代前半までは距離が全く不明で,太陽系の中の現象か,あるいは宇宙論的な遠方なのかすら,わからなかった。1997年にX線や可視光波長での残光が見つかるようになり,宇宙論的な遠距離にある,超新星をはるかにしのぐ巨大な爆発であることが判明した。2000年代に入るとさらに理解が進み, GRBは大質量星が特殊な超新星を引き起こす際に発生するものであることが判明した。

この20年ほどの爆発的な研究の進展で,今やGRBは昔のように「謎の天体」というほどではなくなった。私が大学院生時代にこの天体を研究テーマに選んだのは,距離すら全く分かっていないという正真正銘の「謎の天体」に心惹かれたからであった。それから十数年たったある日,私は学生と飲んでいる時にこんな発言をしたことがある。「僕が学生の頃はGRBのようなすごいレベルの謎の天体があった。君たちの時代にはそういう天体が見当たらないのが少々気の毒だなぁ。」

   
2015年4月に発生したFRBをすばる望遠鏡で観測した結果。左上パネルの白丸が電波天体のサーチ領域で,今回のFRBは水色の円内で発生。参考に満月の大きさも示してある。右上3パネルは,その中で見つかった母銀河候補天体。下パネルは,それを分光してスペクトルにしたもの。これから,この銀河が古い楕円銀河で,距離が約50億光年であることが判明した。

だが,謎の天体がなくなってしまったと考えるのはどうやら人間の浅はかな驕りのようである。それから間もなく, 2013年になって新たな謎の天体「高速電波バースト(fast radio burst, FRB)」が登場してきたのである。これはGRBよりさらに短時間で,わずか数ミリ秒の間だけ電波で輝く現象である。1990年代のGRB同様,距離の直接的な測定がなく,正真正銘の謎の天体である。ただ,電波がプラズマ状媒質を通過してくる際に低振動数の電波ほど到着が遅れる。これを用いると,いくつか仮定を含むが一応距離を推定することができ,それは銀河系を大きく超え, 50~100億光年という宇宙論的な遠距離であることが示唆される。FRBの起源としては,超新星や中性子星などを中心にさまざまな仮説が提案されている。筆者は,連星中性子星の合体説を出している。

現在,世界中の天文学者が血眼になってこの天体の正体を明らかにすべく,熾烈な競争をしている。われわれのグループも,すばる望遠鏡を使ってあるFRBを追観測したところ,それが発生した母銀河と思われる銀河を50億光年かなたに発見した。ただし,高速電波バーストとは無関係の活動銀河という説もあり,論争が続いている。その後,さらに別のFRBまでの距離を20億光年と特定したという成果も出てきた。だが,このFRBはやや特殊で,他のFRBと違ってバーストをくりかえし起こしている。他のFRBとは異なる種族なのかもしれない。

今後10年で,この謎の天体の正体がどこまで明らかになるのか,ワクワクが止まらない。これを読んでいる学部生の皆さんの中にも,大学院に入りこの謎にチャレンジする人が出てくることを期待したい。あるいは,その頃にはFRBもまた大した謎ではなくなっているかもしれない。それでも心配する必要はない。きっとまた,人類の観測技術の進展に伴い,新たな謎の天体がわれわれの前に立ちはだかるだろう。それは歴史が証明している。

理学部ニュース2017年9月号掲載




理学の謎>






 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加