石油の地質屋,マレーシアの片隅にて

安河内 貫(JX石油開発株式会社 技術戦略部 地質技術グループ)


PROFILE

福岡県生まれ。東京大学理学部地学科卒業
東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。博士(理学)
ジャパンエナジー石油開発株式会社
( 現JX石油開発株式会社)入社。その後,マレーシア勤務等を経て,現在は,東京本社技術戦略部に所属
1978年
2008年

同年

 

 

ボルネオ島コタキナバルでの地質見学会にて

 


携帯のアラームが大きめに鳴り,浅い眠りをあきらめて狭いベッドから起き上がる。くたびれたオレンジのつなぎを着て,ボールペンをはさんだメモ帳をポケットに入れ,ヘルメットと透明のゴーグルをもってキャビンのドアを開ける。とたんにさまざまな機械のモーター音や金属がぶつかる高い音が容赦なく飛び込んでくる。朝の4時。晴れた夜空は少しだけ青白く,風は涼しいが湿っぽい。10階建てビルほどもある,ライトアップされた鉄塔のような櫓のほうを見上げると,その中心で長い鉄管がゆっくり回転しているので,ひとまず順調に掘進しているのだろうと思う。鉄管の先はすでに地下3000mを越えている。ここはマレーシア,ボルネオ島の広大な油ヤシ畑の真ん中の,新しい油田を探す掘削現場だ。

もともとはただの自然好きだ。地学科に進んだのは,登山に熱中していた駒場のとき,山を歩けば単位が取れる学科がある,と聞いたことによる。さすがにそれは誤解だったが確かに,卒論・修論では夕張の山奥で白亜紀の温暖地球の古環境について,博論では南太平洋マーシャル諸島の環礁で,それぞれフィールドワークに基づく研究をした。とくに博士論文研究では,現在海面上昇の脅威にさらされている島々の成り立ちについて,海岸工学や考古学の専門家チームとともに現地を調査した。

フィールドワークでは,調査の計画,準備や手配に加えて,同行する研究者や現地で協力してくれる人々との協働が欠かせない。これは石油掘削の現場でも同じだ。掘削現場にいる地質担当は,掘削中の地質情報を取得して報告するのが仕事だが,一人で行うことは少ない。100人が働く現場において,会社の日本人社員は自分だけということも多い。その中で,関連会社のクルーや,掘削現場の監督といかに良好な協働関係を築くかが鍵になる。コミュニケーションと言ってしまうと平凡だが,大事なことは取得した情報がもつ客観的事実とその解釈・不確実性を正確に把握することと,それを分かりやすく説明すること。このためには,学部と大学院での研究で得た,地層から解釈を導く技術に加えて,地質学の時間・空間スケールの話を,目の前の掘削エンジニアリングのスケールに落とし込む必要がある。このとき多分野の研究者と行った博論研究が役立っていると思う。

掘削作業がひと段落した夕方,2週間ぶりにいったんミリの自宅へ帰った。日中の日差しもこの時間にはずいぶん和らいでいるので,1歳の息子は棒切れで地面をたたいて音と感触を楽しみながら,家の前の歩道を妻と散歩中だ。ミリは遠浅で静かな南シナ海に面したこじんまりした町だ。中心部にはそれなりに立派なホテルやショッピングモールがあるものの,あちこちの路地裏には市場や,中華系・マレー系の食堂や商店がならぶ。自宅は中心部から海岸沿いに車で20分走ったところにある。息子が生まれた直後にミリに赴任した。初めての子育てがマレーシアというのはたいへんそうだが,この国には子どもが多く,人々は赤ちゃんが大好きで,おかげで街なかはもちろん,南国の自然の中にもあちこち連れて行くことができた。妻は現地語をかなり覚えて市場のローカルの果物や食材を果敢に開拓した。

およそ2ヶ月,用地の準備も含めれば1年以上かけて掘削した井戸は,残念ながら油田の発見には至らなかった。探査技術や開発技術が進歩するいっぽう,簡単に発見/商業生産できる油ガス田は無くなっている。エネルギー供給の維持は社会の存続そのもので,化石燃料がその大部分を担っている現状では,地球科学に基づく石油・天然ガスの探鉱は重要だ。いっぽうで人類はいずれ,化石燃料から卒業しなければならないだろう。その時も,人間社会まで含めた地球の科学が,重要な役割を果たすはずだ。

理学部ニュース2017年9月号掲載

 

 

理学から羽ばたけ>

 


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