トポロジカル欠陥に集まる神経幹細胞

川口 喬吾(ハーバード大学 博士研究員/生物普遍性機構 客員研究員)

佐野 雅己(物理学専攻 教授)

 



近年,自発的に運動する要素が集まって織りなす現象を対象にした,「アクティブマター」とよばれる学際的な研究領域が注目を浴びている。各要素が摩擦や粘性に打ち勝って自発的に運動する系は,エネルギーを絶えず消費する非平衡系である。魚や鳥の群れ運動などのマクロスケールの身近な現象から,微小粒子や分子モーターなどの顕微鏡でしかとらえられない極小世界の集団運動まで,アクティブマターの研究対象は広く,これまでの固体物理学や流体力学の枠組みでとらえきれない多体現象を発見し,理論的に記述する試みが精力的に行われている。いっぽう,ヒトを含む多細胞生物では,発生過程だけでなく,成体においても細胞が新生・輸送され続けていることが知られている。こうした多細胞現象がパッシブ(受動的)でないのは明らかだが,個々の細胞がアクティブであることが細胞集団としてのふるまいにどう影響しているのかは,未解明である。

神経幹細胞は培養プレート上で高密度になると互いに向きをそろえあうが,トポロジカル欠陥が自発的に生成する(左上)。このような構造は細胞に限らず,なべ底に乾麺を敷きつめたときのように棒状の粒子がよりあつまると自然と現れるが(左下),神経幹細胞の場合には個々の細胞がランダムに運動する結果,欠陥に向かって流れが生じ,細胞がトポロジカル欠陥に集積する(右,色は細胞のそろっている向きの可視化,白点は細胞核の連続写真)。

 
われわれは,プレート上で培養することのできる神経幹細胞の集団運動に注目した研究を進めている。その中で,「トポロジカル欠陥」とよばれる点に細胞が吸い込まれたり逃げ出したりする現象を発見した。プレート上の神経幹細胞は,生体内と同様に棒状の形をしており,高密度になると隣同士の細胞が向きをそろえあって,ネマチック液晶とよばれる物質と似た集団パターンを形成する。「トポロジカル欠陥」とは,このようなパターンの中にあって,細胞や液晶分子がどちらに向いているかが定義できない特異点であり,さまざまな自然現象や物理理論で重要な役割を担うことが知られている。このようなパターンや欠陥は,細胞が細長く,頭尾の区別がないこと(=ネマチック)の帰結であるが,それ自体は棒状の粒子の集団であれば,たとえば鍋に敷き詰めた乾麺のように,パッシブな系でも現れる。

われわれが驚いたのは,神経幹細胞集団を長時間撮影し,トポロジカル欠陥が細胞の集積点になっていることを見つけたときである。一見ランダムに運動している細胞たちが,集団平均として流れを生み,トポロジカル欠陥に吸い込まれるように集まっていた。詳しく観察すると,+1/2という巻き数に対応する欠陥に細胞が集まり,巻き数-1/2の欠陥からは細胞が逃げ出していることも分かった。これはパッシブな系である液晶や乾麺では起こらないことであり,明らかに細胞のアクティブな性質がマクロに表出した結果である。

これまでのアクティブマター研究で,トポロジカル欠陥が構造ごとゆっくりと移動する現象などは報告されていたが,要素が集積したり逃避したりする例は,理論や数値シミュレーションでも知られていなかった。われわれは,系のアクティブ性がトポロジカル欠陥の移動を生む従来のモデルに,秩序方向に依存した非等方な粘性を組み入れた新しい理論を提案し,細胞が集まる現象を説明した。+1/2の欠陥の先端方向には,細胞が垂直方向に配列した領域があり,粘性の異方性によりそこが「壁」となる。細胞の集団移動がこの自身で作った壁に行き詰まり,その結果細胞が集積していくことが明らかとなった。

トポロジカル欠陥といういかにも抽象的な存在が,実際に細胞のふるまいに影響を与えていることは,奇妙に思われるかもしれない。いっぽうで,化学的なシグナルではなく,パターンと自発運動の相互作用により細胞の流れが調整できるとすれば,多細胞生物がそれを利用するのも自然に思える。物理学の知見を活かして多細胞現象の本質を見極める研究は,まだ始まっ たばかりである。

本研究はKawaguchi et al., Nature 545, 327(2017)に掲載された。

(2017年4月13日プレスリリース)

理学部ニュース2017年7月号掲載

 

学部生に伝える研究最前線>

 

 

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