結晶中のイオン配列をデザインする

廣瀬 靖(化学専攻 准教授)

長谷川 哲也(化学専攻 教授)

 


金属陽イオンに酸化物イオン(O2 -)と窒化物イオン(N3 -)が結合した金属酸窒化物は,塗料や蛍光体,光触媒として応用されている。O2 -とN3 -はイオンの大きさが同程度のため,結晶中で等価な場所を占めることができる。このため,結晶中の金属イオンの周囲の陰イオンの配置(配位構造)には複数のパターン(異性体)が存在する。ペロブスカイト型とよばれる構造をもち, O2 -とN3 -の割合が2:1 のタンタル(Ta)酸窒化物では,窒素がタンタルをはさんで向かいあうtrans型と,隣りあうcis 型の二種類の異性体が存在する。このうち,trans型の結晶は強誘電性を示すことが予想されており,電子機器などへの応用が期待されるが,熱力学的に不安定なために合成例はなかった。

   
異なる配位構造をもつタンタル酸窒化物の結晶構造。一般的な粉末合成ではcis型の異性体が成長するが,結晶格子を直方体状にひずませながら薄膜合成することで準安定なtrans型構造も得ることができる。

 
われわれは,二種類の異性体の構造のわずかな違いに注目して,trans型のタンタル酸窒化物の合成に挑戦した。理論計算によると,cis型のタンタル酸窒化物の結晶格子はほぼ立方体だが,trans型の結晶格子は窒素―タンタル結合方向に伸びた直方体となる。そこで,いささか短絡的なアイデアではあるが,結晶格子を直方体状に歪ませながら成長させればtrans型の異性体が安定化すると考えた。試行錯誤の末,格子定数が小さな酸化物を鋳型にしてタンタル酸窒化物を一原子層ずつ精密に積み重ねるヘテロエピタキシーという手法によって,結晶格子が面直方向に5% 程度伸びた薄膜試料の作製に成功した。得られた薄膜試料は体積が小さいことから(質量換算で約10μg),一般的な結晶構造解析法で酸素と窒素の配置を区別することは難しい。さまざまな手法を試した結果,最終的に大型放射光施設SPring-8を利用した偏光X線吸収分光とよばれる手法と原子スケールの空間分解能をもつ電子顕微鏡によって,結晶の一部がtrans型構造をとっていることを明らかにした。

近年,酸窒化物をはじめとする複数の陰イオンを含む化合物(複合アニオン化合物)は,新たな無機固体材料として注目されている。本研究で提案した結晶中の陰イオン配列の制御方法は,複合アニオン化合物の機能設計にさらなる自由度を与えると期待される。

本研究成果は,当研究室の岡大地氏(現在,東北大学大学院理学研究科助教)と奈良先端科学技術大学院大学の松井文彦准教授,大阪大学の小口多美夫教授,高輝度光科学研究センターの室隆桂之主幹研究員,名古屋工業大学の林好一教授らの共同研究によるもので,D. Oka et al., ACS Nano 11,3860(2017) に掲載された。

(2017年3月29日プレスリリース)

理学部ニュース2017年7月号掲載

 

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