理学部紹介冊子
福島の放射能土壌汚染の実態を解明する
小暮 敏博(地球惑星科学専攻 准教授) |
2011年3月の福島第一原子力発電所の爆発事故は周辺の土地に高濃度の放射能汚染をもたらした。より効率的な除染作業や放射能の再拡散の可能性など検討するため,放射能の主体である放射性セシウム(核種の表現を使うと134Csと137Cs)がどのような形で土壌中に存在しているかを明らかにすることは非常に重要である。これまでの知見から,放射性セシウムは土壌中の微細な“粘土鉱物” と呼ばれる物質に強く吸着していると予想されるが,その詳細は未だ明らかではない。その理由のひとつは汚染土壌中に含まれる放射性セシウムの平均濃度はせいぜい数 ppb(10-9)のレベルであり,最先端の分析技術をもってしても容易に捉えることができないことであろう。また実験室内で各種の粘土鉱物などにセシウムを吸着させ,吸着量や結合状態,吸脱着特性等が調べられてきたが,そのセシウムの濃度は実際の福島における放射性セシウムより104~106桁も大きく,このような実験結果が本当に福島の放射能汚染土壌に対応するのかは疑問として残る。そのため我々は,実際の福島の土壌中で放射性Csを吸着している物質の特定がまずは優先されるべき課題であると考えている。そしてイメージングプレート(以下IPと略記)と呼ばれる蛍光体を用いたオートラジオグラフィー(試料から出る放射線によって記録媒体等を感光させることで,試料中の放射性物質の分布を調べる手法)による放射性土壌粒子の特定と電子顕微鏡による解析を組み合わせた研究を進めた。

(a) 福島県の放射能汚染土壌から採取された放射性微粒子(上)と,各粒子から発せられる放射線をIPによって記録したもの (下)。赤や緑が強い放射線を示し,放射能を持つ微粒子とそうでないものが判別できる。 (b) 土壌中の風化黒雲母微粒子の走査電子顕微鏡像(上)と,そこから放出されるX線エネルギーが示す微粒子の化学組成 (下)。 |
実験では福島地方から採取した数十μmの土壌微粒子の中からIPを感光させた放射性微粒子を特定し(図a),これをうまく電子顕微鏡内に移動させてその形態や化学組成を調べることにより,放射性微粒子の正体を明らかにした。これらの一連の実験から,放射性微粒子として風化黒雲母と呼ばれる鉱物(図b)がよく見つかり,さらにセシウムはこの鉱物中に均一に分布していることが明らかとなった。この風化黒雲母は,福島県東部の地質である花こう岩の長年の風化によってこの地方に普遍的に存在しており,森林や水田などの土壌中の放射性セシウムのかなりの量は,この鉱物に強固に吸着されている可能性が高い。今回の成果は,今後の福島の放射能対策のための研究・開発に大きく寄与することが期待される。なお,これらの研究は,Mukai et al., Environmental Science & Technology, 48, 13053-13059(2014) に掲載された。