2030年のサイエンスと革命前夜


合田 圭介(化学専攻 教授)

 

 研究は学際的・異分野融合的になってきている。コールド・スプリング・ハーバー研究所(Cold Spring Harbor Laboratory)のアボーカリル博士(Robert Aboukhalil)が執筆した「「The rising trend in authorship」の中の論文共著者数の推移(図)が示すように, 1920年より以前は一般的に論文は一人で書かれていたが, 2012年には論文あたりの平均共著者数は5.3人に増加している。2030年にはこの人数が7.5人に増加し,さらに22世紀に入ると,この値は20人以上になることが予想される。著者はこの傾向を分析し,「現代の科学研究は複雑化しており,それを行うには異なる分野の科学者を束ねた大きなチームを必要としている」と結論付けている。実際に,ナノテクノロジー,ゲノム科学,バイオインフォマティクス,神経科学などの分野においては,異分野融合は必然的である。

しかしながら,研究は学際的・異分野融合的(inter-disciplinary)になっている一方で,教育は専門分野的(disciplinary)であるため,現代の研究のニーズに十分に応えることができていない。専門教育はサイエンスの発展に大きく貢献してきたが,サイエンスがどんどん細分化されており自然の全体像を包括的に議論できる科学者がほとんどいない状態にある。この問題はブリストル大学(University of Bristol)のジーマン教授(John Ziman)が執筆した「Knowing everything about nothing」という本の中で,「サイエンスは研究活動の領域を分割することで成長している。この分割された専門領域の狭さが科学的知識と科学者を分裂させている。)と説明されている。研究の学際化・異分野融合化が必然である一方で,サイエンスの細分化がそれにブレーキをかけている状態にある。

また,サイエンスにおける情報量の飛躍的増大(いわゆるビッグデータ)の問題に関しても,従来の教育を受けてきた科学者は対応できていない。ソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明所長は,「驚くべき基礎科学の発見の数々,さらに新薬の開発などの応用研究においても発展がめざましい生命科学分野では,情報の算出ペースがすでに人間の対応能力をはるかに上回っています。特に論文数は幾何級数的に増大しており,その数は近年では年間に150万本以上(1日に換算すると約4000本以上)です。」,「研究者が自分の研究に関係する論文すら消化しきれないほどの大量の情報が常に生み出され続ける『情報の地平線問題』が存在します。」(WIRED誌)と話す。現在,この変化に対応するための教育改革が後手後手であり,サイエンスおよびそれを活用する産業のニーズにタイムリーに応えることができていない。

2017年1月にスイスで世界経済フォーラムが開催したダボス会議では,世界の政治・経済・学術などの分野から数千人のリーダーが集まり,上記の問題を含んで包括的に教育の問題を議論した。なぜなら,ディープラーニングの大幅な進化により, 2030年までに現在の半分以上の職業が人工知能に取って代わられることが予想されているからである。これはサイエンスの進め方においても大きな変化を及ぼすと予想される。上記のように,ビッグデータを包括的に解析することに関しては人工知能の方が優れている。つまりサイエンスをする人工知能を開発する方が,より効率的にサイエンスができるのかもしれない(Googleはすでに実行中)。これまでの理系教育では科学的知識・実験スキルの詰込みと再現精度の向上に焦点が当てられていたが,今後はこの分野においては人工知能の方が優れているため,人間の強みを生かせる能力(創造力や想像力など)を強化させる方向に教育が変化していくのではないかという予想がダボス会議での論点であった。

まとめると, 従来のサイエンスの進め方ではサイエンスそのものが破綻することは時間の問題である。しかし, 私はこれを悲観視していない。むしろチャンスと考えている。20世紀初頭に科学者はニュートン力学ですべてのサイエンスの問題は解決でき, サイエンスの残りは応用のみであると信じていたが、量子力学の登場により,サイエンスに革命が起きた。今はまさに革命前夜ではないだろうか。2030年革命を引き起こすために,学生のブレークスルーに期待する。

 

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理学部ニュース2017年5月号掲載



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