光と熱で動きが切り替わるナノサイズのギア

宇部 仁士(化学専攻 助教)

塩谷 光彦(化学専攻 教授)

 


分子機械は,光や熱といった外部刺激により,目的に合った一定の制御された動きを可能とする分子群であり, 2016年のノーベル化学賞の受賞対象にもなった研究分野である。80種類を超える金属元素が形成する金属錯体は,それぞれ固有の構造や物性をもつため,有機分子とは全く異なる機能をもつ分子機械の構築が可能になると期待される。しかしながら,これまでの金属錯体を用いた分子機械の構築においては,金属イオンそれ自身を分子機械の動作における外部刺激として用いるか,金属イオン上に結合する分子やイオンの数を変化させることで機能を発現させる手法が主であり,金属イオン上に結合する構成要素の位置を変化させる手法は一般的ではなかった。本研究では,有機分子と金属イオンが結合した金属錯体を用いて,ナノメートルサイズのギア分子を構築し,「金属イオン上での幾何異性化反応」という金属錯体固有の性質を分子機械の運動制御に適用した。

ギア分子の設計においてトリプチセンとよばれるプロペラ型の有機分子に着目し,トリプチセンの連結部位の炭素原子を金属イオンに結合可能なリン原子と窒素原子に置き換えた,アザホスファトリプチセンとよばれる有機回転子を設計・合成した。有機回転子と塩化白金酸塩を2:1の割合で反応させ,中心の白金イオンに有機回転子と塩化物イオンがそれぞれ二つずつ結合した白金錯体を合成し,その立体構造や溶液中の運動の詳細を,各種の核磁気共鳴分光測定,質量分析, X線単結晶構造解析などにより明らかにした。

ギア分子の構造をX線単結晶構造解析した結果,合成した直後の分子は二つの回転子が隣り合ったcis体であり,二つの回転子が機械的に噛み合っている「オン」の状態であるとみなすことができた。いっぽう,このcis 体に紫外光を照射すると,白金イオン中心の幾何異性化が起こり,二つの回転子が噛み合っていない「オフ」の状態であるtrans体へと変化した。トルエン/ジクロロエタン溶媒中でcis体からこの切り替え操作を行なったところ,紫外光の照射によりcistransの光異性化が,続く100°C での加熱でtranscisへの熱異性化が効率よく,またくりかえし行えることを見出した。

光・熱に応答する金属錯体型分子ギア。アザホスファトリプチセン配位子と塩化白金酸塩の錯体形成により,二つの回転子が白金イオンに結合した分子ギアが構築される。二つの回転子が機械的に噛み合った「オン」の状態から,紫外光の照射により「オフ」の状態であるtrans型に変化し,熱異性化により再度「オン」の状態であるcis型ギアに戻る。


分子機械の分野は21世紀に入り著しい発展を遂げてきた。さらなる発展のためには,分子運動の方向や長距離伝達を制御することや,エネルギーや物質の移動とどのように連動させるかが重要な課題となる。本研究で開発した手法は,金属錯体の特性を活かした分子機械の新しい構造モチーフと制御方法を提案するものであり,モーターやブレーキといった,これまでに開発されてきた分子機械と組み合わせることで,より高次の構造・機能を有する分子機械の開発が期待される。

本研究成果は,当研究室の安田祥宏氏(現在,三菱ガス化学株式会社)と株式会社リガクの佐藤寛泰博士との共同研究で得られたものであり,H. Ube, Y. Yasuda , H. Sato, M. Shionoya , NatureCommunications 8, 14296( 2017)に掲載された。

(2017年2月8日プレスリリース)

理学部ニュース2017年5月号掲載



学部生に伝える研究最前線>

 

 

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