理学部紹介冊子
1分子計測を基軸に異分野横断:1細胞計測へ
上村 想太郎(生物科学専攻 教授)
高校生の頃,漠然と興味をもったのは宇宙だった。宇宙に魅せられ,その仕組みを知りたくなって大学では物理学を専攻した。しかし現実的には大学で学ぶ物理学は紙の上での計算が多く,自分が憧れた宇宙についての学問の面白さを感じることはなかなか難しかった。そんな中,ふと生物を対象に物理学を応用している学問に触れたことがきっかけで1分子計測を始めた。生体分子を対象にする計測は毎回面白い実験結果を得ることができ,生物物理学の学問の面白さに魅了されていった。
このような視点で計測していくにつれて宇宙に興味があったことはほとんど忘れ,1分子であっても巧妙に制御され,機能している分子にとても生物らしさを感じた。具体的には神経細胞の中で機能している神経伝達物質を運搬している分子モーターのキネシンという分子を対象に近赤外光を用いてその動きや力などを計測していた。
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ZMW法によるタンパク質翻訳の1分子可視化。ガラス基板上の金属に100nm程度の穴を並べ,穴底の測定対象を1分子レベルで蛍光観測する技術 |
博士号を取得した後,ポスドクとして次のキャリアを探していた時に考えていたことは漠然とこれらの1分子計測技術を他の生体分子の測定へ応用することはできないだろうかということだった。ノーベル物理学賞受賞者のスティーブンチュー博士はスタンフォード大学でタンパク質翻訳の1分子計測で世界をリードしていたことを知り,自分の計測技術が生かせるのではないかと考えて留学を決断した。
当時,ポスドクとしてはまだまだ未熟だった私は海外での生活やラボに慣れるだけもたいへんだったが,初めてのタンパク質翻訳の計測は扱いが難しくとても苦労したことを覚えている。しかし,今まで習得してきた計測技術には自信があったため,必ず道は開けると信じていた。
2年後にこれが的中し,リボソームとmRNAとの相互作用力を1分子レベルで計測した成果がNature誌に掲載された。その後東大大学院薬学系研究科助教としてタンパク質翻訳の研究を続けることになったが,今度は従来の1分子計測で問題であった高濃度環境下における測定を可能にしたZMW法とよばれる最先端計測技術に携わることになった。ZMW法は当時Pacific Bioscience社が新しいDNAシークエンサーとして用いていた計測技術だった。
ZMW法の圧倒的なデータの質の高さとポテンシャルに私はすっかり魅了されてしまった。PB社はDNAポリメラーゼによる1分子のDNA複製反応をリアルタイムに可視化することでDNAシークエンスを達成していた。私はこの技術が単にDNAシークエンスにしか使われていないことに若干の不満を感じ,タンパク質翻訳の可視化をこの技術で達成したいと強く思うようになった。この時も必ずうまくいくだろうといった妙な自信があった。その後,再びスタンフォード大学に留学し,PB社と共同研究を開始した。その2年後,世界で初めてタンパク質翻訳過程の1分子レベルでの直接可視化が達成された。これらの経験はタンパク質翻訳という生命現象に対して力測定計測技術やZMW法という計測技術を初めて応用したという点から計測技術と計測対象の生命現象の新しい組み合わせが予想もしないような大きな成果を生むことを私に気づかせてくれた。現職では1分子計測だけなく1細胞計測によって新しい分野を探索し続けている。1細胞計測は今まで 接する機会の少ない医療や診断技術への応用が可能であり,その可能性を日々感じている。
異分野融合という堅苦しい言葉より,自分の得意としている技術や知識などを大いに利用して新しい分野に飛び込んでみる気概が重要だ。また成功するのに必要なのは必ずうまくいくという自信なのかもしれない。
理学部ニュース2017年5月号掲載