君との出会いを待ち望む生物科学の面白さ

塩見 美喜子(生物科学専攻 教授)

われわれの研究室では,ある特定の遺伝子発現を時空間特異的に抑制する仕組み「RNAサイレンシング」を分子レベルで理解することを目指している。その中核因子は,一見ゴミとも思える20-30塩基程度の小さなRNAとArgonauteタンパク質である。小さなRNAは標的RNAに結合し,それをArgonauteが切断して消滅させる。ある本の一ページを,なんらかの理由で切り捨てたい場合,そのページに誰かが付箋を貼り,他の誰かがハサミで切りとる。小さなRNA は付箋,Argonauteはハサミのようなもの。小さなRNAとArgonauteは細胞内では合体してRISC(RNA-inducedsilencing complex)複合体を形成しているので,標的となるRNAが沢山あろうと,つまり本が百冊あろうと千冊あろうと,この作業を素早く,効率よく行うことができる。われわれ生物は,実に巧妙な仕組みを用いて遺伝子の発現を制御しているのである。

ある日,西田知訓特任助教が実験結果を見せるためにやってきた。表情から,面白い結果であると直感した。それは,生殖細胞のRISCによって標的RNAを切断させる実験であったが,切断されたRNAは,RISCから離れず係留していることを示すものであった。結果はクリアだ。が,如何せん,先行論文-体細胞では,RISCによって切断された標的RNAは,ただちにRISCから解離し分解され消滅する-に相反するものであった。間違いでは?と反論したが,何度くりかえしても同じ結果が得られるという。

真剣な眼差しで日々実験に挑む西田知訓特任助教

実は,この結果には「間違い」では片付けられない部分もあった。体細胞ではRISCによって切断されたRNAは不要物。よって細胞内で速やかに分解されてしまえばよい。どちらかというと,残る方が困る。しかし,生殖細胞のそれは,新たな小さなRNAを生み出す原料として用いられる。この様に貴重なRNAが,細胞内で勝手に分解されては拙い。生殖細胞のRISCの標的は「動く遺伝子」として知られるトランスポゾンであり,新たに生み出された小さなRNAが不足すると好き勝手に動き,ゲノムを傷つける。その結果,卵や精子は作られず子孫を残せない。よって西田氏の結果は理にあっている。しかし,切断されたRNAがRISCに係留したままでは小さなRNAをつくり出すことはできないため, RISCによって切断されたRNAを,条件が整ったときにのみRISCから積極的に引き剥がす因子を同定する必要があった。さて,この因子とは一体何なのか?

先行研究から,生殖細胞における小さなRNAの合成にはVasaタンパク質が必要であることが示されていた。Vasaは,そのアミノ酸配列からRNAヘリカーゼ活性(2次構造を取りやすいRNAの2次構造をほどく,あるいはRNAにくっついた分子をはがすといった活性)をもつと予想され,RNAをタンパク質から解離させることは朝飯前だ。その日以降,西田氏は組み換え体Vasaを大腸菌で発現させ精製しては活性を調べる実験をくりかえした。付加するタグを替えたり,タグを除去したり試行錯誤したが,思うような活性はみられなかった。作業仮説に誤りがあるのかと焦りは次第に高まる。が,ある日,組み換え体をつくるシステムを大腸菌から生殖細胞そのものに変えてみた。生物の遺伝子にコードされた暗号の解読方法は,大腸菌でも真核生物の細胞でも変わらない。しかし,真核生物の細胞で起こるタンパク質合成後修飾は,大腸菌では起こらない。これが原因かと考えられたからである。組み換え体Vasaを生殖細胞でつくり,実験を試み祈るような思いで結果を待った。すると,このVasaは,期待通りRISCからRNAを引きはがす活性を示したのである(西田ら Cell Reports 2015)。この結果を見せてくれた西田氏の満面の笑みを一生忘れることはないだろう。その後,この反応は,エネルギー供給物質であるATPとRNAの受け取り因子AGO3タンパク質が存在する条件下でのみ効率良く起こることも分かった。これですべての謎が解けたのである。生命の,生物科学の面白さは,こんな風に君とめぐり合うことを,日々待ち望んでいる。

 

 

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