星間空間に大きな有機分子の吸収線を多数発見

濱野 哲史(京都産業大学 研究員)

小林 尚人(天文学専攻 准教授)

 


1922年,星のスペクトル上に既知の原子の吸収線とは一致しない謎の吸収線数本がヒーガー
(Mary Lea Heger)によって報告された。後にそれらの吸収線は,星自身ではなくその星の手前の星間ガス雲に含まれる物質による吸収線であることが明らかとなり,原子の吸収線よりも線幅が太いという特徴から「ぼやけた星間線」(diffuse interstellar band,以下DIBとする)と呼ばれている。観測技術の発展に伴い現在では500本以上ものDIBが主に可視光帯に検出されているものの,いまだにその吸収線を引き起こしている物質は謎のままであり,天文学における最古の未解決問題の1つとなっている。現在ではさまざまな観測的証拠から,星間分子の中でもっとも大きな部類の有機分子による吸収線だとする説が有力となっており,生命の起源につながる物質であることが期待されている。

DIBが観測されてきた領域は,ダストによる星間減光によって太陽近傍の狭い範囲にこれまで制限されてきた。この困難は,可視光と比べて減光されにくい赤外線を用いる事で解決できる。赤外線波長帯を用いることによって,これまでダストに覆い隠されてきた分子雲や埋もれた星形成領域など,銀河系内の多様でかつ広い領域でDIBを観測する事が可能となり,DIBを引き起こしているとされている星間有機分子の生成過程や性質を明らかにできると考えられる。

われわれは,京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡に搭載されている「WINERED」という赤外線高分散分光器を用いて,世界で初めてとなる「赤外線DIB」の系統的な観測的研究を行った。WINEREDはわれわれのグループで新たに開発した装置であり,最先端の赤外線技術を結集することで世界最高の感度を実現している。25天体の赤外線スペクトルを取得し解析した結果,これまで知られていた5本のDIBに加えて新たに15本のDIBを検出する事に成功した(図参照)。本研究は,高性能な赤外線分光器の登場によって赤外線波長帯でもDIBの高精度な観測が初めて可能になったことを示す重要な成果である。また,本研究で初めて検出しDIBのうち数本は,過去調べられていたベンゼン環からなる有機分子である「芳香族炭化水素」の陽イオンの実験室スペクトルと近い波長に検出された。

   
本研究で取得された星 (HD20041) の赤外線スペクトルと,新たに発見したDIBの例

今後本研究を足がかりとして,赤外線によるDIBの観測が進められることで,これまでダストというベールに覆い隠されていたDIBの知られざる性質が次々と明らかになっていくだろう。また,DIB候補分子を実験室合成して同定しようという試みと連動して,今後,天文学と化学の両面から相補的に研究が進んでいけば,約100 年の長きにわたるDIBの謎が解明される日も近いかもしれない。本研究は,S. Hamano et al., The Astrophysical Journal, 800, 137 (2015) に掲載された。

 

(2015年2月16日プレスリリース)

注:天文学専攻博士課程修了

 

 

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