水の惑星の内部には原子状の中性水素?

船守 展正(高エネルギー加速器研究機構 教授)


人類は,1969年に月面への着陸に成功し,その後,無人探査機は火星や小惑星イトカワへの着陸,木星や土星,さらには,天王星,海王星,冥王星の探査にも成功している。一方,地球内部は宇宙空間に比べ距離的に近いにも関わらず,その高温高圧に耐えうる探査機の存在しない永遠のフロンティアともいえる。探査機の代わりに用いられるのが,高圧実験装置であり,現在では,地球中心に相当する400万気圧以上の発生も可能になっている。我々が研究対象としたスティショバイトも,大型プレス装置を用いて高圧合成された試料である。

太陽系に最も豊富に存在する元素は水素であり,重量にして70%以上を占める。これが酸素と結合した水は,地球表層部に大量に存在して,地球を生命の宿る水の惑星としている。生命活動の根源である水は,地球の誕生から現在に至る進化,また,マントル対流や地震・火山活動に重大な影響を与えるものと考えられており,水と地(=岩石)の関係の解明こそが,地球のダイナミックな振る舞いの理解に決定的に重要であるとされてきた。しかし,直接探査の不可能な地球内部において,水素が水として存在することを前提とする必然性はないのではないか?このように考えたのが,ミュオンスピン回転法による研究の出発点である。

正ミュオンは,プロトン(水素の原子核)の約1/9の質量でスピン1/2をもつ1価の荷電粒子であり,約2.2マイクロ秒で崩壊することから,プロトンの軽い放射性同位体とみなせる。物質中に,スピンの揃ったミュオンを導入して外部磁場を印加し,崩壊時に発生する陽電子の方位分布の時間変化を測定することで,物質中の水素の状態を調べることが可能である。このミュオンスピン回転法で,クオーツ(石英)の高圧相であるスティショバイトの中での水素の状態を調べた。

クオーツが上部マントルに特徴的なSiO4四面体を基本ユニットとするのに対し,スティショバイトは下部マントルに特徴的なSiO6八面体を基本ユニットとする典型的な高圧鉱物である(両鉱物は共にSiO2組成)。下部マントルでは,Cと同族のSiが4個ではなく6個の酸素と結合して,稠密な構造をとる。スティショバイトに対するミュオンスピン回転法の結果は,この鉱物中で,水素は,酸素と結合して水(=水酸基)として存在するよりも中性原子として存在することを好むことを示唆するものであった。スティショバイトの稠密な構造の中の小さく異方的な空隙に,電子を束縛して原子状態となった中性水素が押し込められている可能性がある。地球を物質科学的に理解するためには,もしかすると水ではなく中性水素の果たす役割に注目する必要があるのかも知れない。

   
J-PARC/MLF_D1 のミュオンスピン分光器(写真提供:物質構造科学研究所)。量子ビーム地球惑星科学の分野では,J-PARC/MLF やKEK/PF などの大型施設で利用可能なミュオン,中性子,光子(シンクロトロン放射光)を目的に応じて使い分けることで,様々な研究が進められている。


 本研究は,Funamori et al., Scientific Reports 5, 8437(2015) として発表された。

 

(2015年2月13日プレスリリース)

 

注:2015年3月まで地球惑星科学専攻 准教授



学部生に伝える研究最前線>

 

 

 

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