295km先の標的めがけニュートリノビームを「撃つ」

横山 将志(物理学専攻 准教授)

ニュートリノという素粒子(「理学のキーワード」第28回を参照)には電子型,ミュー型,タウ型の3種類が存在することが知られているが,その性質にはまだ謎が多く,素粒子の標準模型を超えた新しい物理への手がかりを秘めているのではないかと考えられている。中でも,飛行中にニュートリノの種類が変わってしまう「ニュートリノ振動」という現象の研究は,現代の素粒子物理学の大きなテーマである。

大強度陽子加速器施設J-PARCの航空写真。写真提供:KEK/JAEAJ-PARCセンター

ニュートリノ振動は,東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデで1998 年に発見された。これは,宇宙から飛来する宇宙線と地球大気の衝突で作られるニュートリノを観測した結果であった。私たちは現在,茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設,J-PARC(よく「 J-PARK」 と間違えられるが,最後は「C」)から,295km 離れた岐阜県飛騨市神岡町にあるスーパーカミオカンデ検出器に向けて,日本列島を横断して人工ニュートリノビームを打ち込む「T2K(Tokai-to-Kamioka)実験」を行っている。素性のよくわかった人工のニュートリノビームを使うことで,より精密な実験が可能になる。ニュートリノ振動は,波動関数の重ね合わせの状態が時間発展とともにずれることによって起こる現象であり,この実験は300km というスケールでの量子力学的干渉効果の研究でもある。

ニュートリノは地球くらい簡単にすり抜けてしまえるほどに物質と相互作用する確率が低く,検出自体が難しい。ごく稀に反応したニュートリノを用いて研究を行うことになるために,強力なニュートリノ源が必要となる。J-PARCの陽子加速器から一度に取り出せる陽子の数は10 の14乗個を超え,世界最高の性能を誇る。この強力な陽子ビームから作ったニュートリノビームを使って,2011年に,私たちはミュー型から電子型に変化する,新しい種類のニュートリノ振動を世界で初めて発見することに成功した。その直前には東日本大震災があり,J-PARCの加速器や実験施設も大きな被害を被ったが,その暗雲を吹き飛ばす成果となった。その後施設を復旧してさらに実験を続け,今はニュートリノとその反粒子の性質の違いを探索するという,新しい目標に向けてデータを蓄積し続けており,さらに次期計画としてスーパーカ ミオカンデの20倍の大きさを持つハイパーカミオカンデ検出器の建設も提案している。

T2K実験は,11カ国から約400人の研究者・大学院生が参加する国際共同実験である。そのうち日本人は約80人。世界一の性能を持つ施設で研究をしたいという科学者が世界中から集まっている。実験装置も国際共同で分担して製作した。J-PARC施設内にある前置ニュートリノ検出器では,ヨーロッパのCERN研究所で弱い相互作用を媒介するW粒子・Z粒子を発見した実験(1984年のノーベル物理学賞)のために作られた電磁石を運んできて利用している。その内部に設置した最先端の粒子検出器群も,各国の研究者がそれぞれ得意な技術を持ち寄って作った。いろいろな考え方を持つ研究者の集団ではあるが,同じ科学の謎を追うという共通の目的を持っているために,自然と協力体制が作られる。J-PARCのような基礎科学の研究施設は国際協力の「現場」としても特色ある場所となっている。

J-PARCでは,他にも陽子ビームを使って作られる大強度のミュオン,中性子,K中間子といった二次粒子を利用した物質科学や生命科学の研究,原子核や素粒子の性質の研究が行われており,理学系研究科でも多数の研究室が利用している。

 

 

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