有機化学研究の現場:分けることは分かること

辻 勇人(化学専攻 准教授)

上方落語の巨匠,故・桂枝雀師匠が演じる「夏の医者」のという噺の枕に,「分かるっちゅうことは,分けられるっちゅうことです。分けることによって分かるようになるんです。」という一節がある。膨大なデータを注意深く分析して,意味のあるシグナルや傾向を見出すという理学の手法に通ずるものがある。

有機合成実験の流れ。反応開始から,抽出,クロマトグラフィーによる単離・精製の例

筆者が従事する有機化学の研究でも,分けるという作業は重要である。有機化学実験は一般に,反応させたい物質(基質)に様々な反応剤を加え,全部の物質または一部が溶解する有機溶媒中で行われるが,ほとんどの場合は目的物以外の物質(副生成物)も生成してしまう。酸性・塩基性の物質が副生する場合は,これらを中和するための物質を加えることもある。反応が進まない場合には,反応を促進するための触媒を加えることもある。そのため,反応が終わった後のフラスコの中は一般に混沌とした混合物であり,そこから目的物だけを取ってくる「単離・精製」とよばれる操作が必要となるわけである。純度が低いと,目的物の本来の性質や活性が分からないこともある。下手をすると構造すらきちんと分からない場合もある。

製品として使われる物質では,純度がしばしば重要視される。医薬品などは純度の要請が厳しく,余計な物質の混入はおろか,触媒に使った金属が(種類によるが)ppm(100万分の1)単位でも残留しないように規制されている。最近では,発光したり電気を通したりする機能性有機化合物と呼ばれる物質が注目されており,これらも不純物の混入が性能を大きく左右することがある。

単離・精製の成否は実験の成功の鍵を握るとも言え,有機合成ではその作業に比較的多くの時間が費やされる。実際の有機合成実験の流れを見てみよう。まず,図のようにフラスコや試験管の中で反応を行い(パネル1),反応完了後には分液操作(パネル2)がよく行われる。水と油(有機溶媒)が混じらない性質を利用して,水溶性物質を水層へ,油溶性物質を有機層へと分配する。分液後の物質は,再結晶やクロマトグラフィー(パネル3,パネル4)によって精製され,純物質(パネル5)を得る。液体物質の精製には蒸留も使われる。ちょっとした単離・精製方法の違いによって,得られる物質の量や純度が大きく変わることもあり,センスと経験がものを言う。操作法の大原則は世界共通ではあるが,研究室の流儀や個人によって方法が微妙に異なることもあり,他の研究者の実験操作を観察するのはちょっとしたマニアックな楽しみである。超高純度サンプルが求められる時は,高速液体クロマトグラフィー(パネル6)や昇華精製装置などの様々な装置を用いてより高度な精製を行う。得られた物質の構造決定や物性評価には,様々な分光法が用いられる。理学の現場第10回(2014年11月号)で採り上げられたNMRもその一つである。字のごとく,やはり分けることによって分かるのである。

実験としてはここまでで良いが,研究成果を論文や学会で発表する際には,何が新しいのか,何が独創的なのかを読者や聴衆に分かってもらえるように説明しなければいけない。そのためには,関連研究について勉強して,世の中でどこまで分かっていて,何が分かっていないのかを知っておく必要がある。このように,有機化学研究の現場では知力・体力を総動員した「分ける」努力が日々続けられている。

 

 

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